第二部 序 章  ショールのメモ

 生物の雄と雄が互いを求める、そして親が子を守ろうとする本能は、自分の遺伝子を後世に残すために存在しており、情というものはそれらに基づいているとされている。実際ほかの動物はそうであったし、人間もそういった本能を持っている。しかし、人類の科学技術の進化が人間同士の友愛や情愛を必要とせずに遺伝子を残せるようにまで達したとしたら、そういった生物の持つ感情は何処に行くのだろうか?
 親が子に、子が親に、男が女に、女が男に持つ情愛が必要とされない時代が来てしまうのであろうか?それではあまりに寂しすぎる。人が友人を持つのも、その寂しさから逃れるためなのではないか。しかし、それは矛盾していた。ならばなにゆえに、戦争という行為を行うのか?友人となり得るべき人間をも殺してしまう行為に、いったいどんな意味があるのだろうか?

 世の中は弱肉強食であり、これこそが唯一無二の自然の法則である・・・と、戦争を賛美する人間なら言うかも知れない。そう言う誤解と偏見が、人に大規模なだけで無意味な殺し合いをさせる事もあった。”客観的必要外の自己の利益”の為に相対的に強い力を持つものを、自然界では強者と言わない。この場合の強者とは、”生きるための努力をして”相対的に強い力を持ったものを指して言うのである。弱肉強食という自然の摂理を曲解する権利など、人間には元々なかったのである。
 人類がその生活圏を宇宙にまで広げ始めて80年が過ぎようとしていた頃、その時代での仮初めの強者は地球連邦政府であった。その地球連邦政府に、後に一年戦争と呼ばれる独立戦争を挑んだのが、ジオン公国である。地球連邦政府は、宇宙に移民した人々のことなど自らの記憶の片隅へと追いやり、地球を再び開発していくことや自己の利益の栄達を謀ることしか考えない人間の集団と化していた。スペースノイド(宇宙移民者の総称)は、このままでは宇宙移民者達は地球を追放されたも同然で、そのままのたれ死んでしまうのではないか、そして地球も死の星と化してしまうのではないかという危機感を持っていた。だから宇宙移民者は宇宙に適合した生活様式などを確立して、それに見合った政治を求めた。しかし連邦政府は猜疑心が強かったのであろうか、連邦政府の官僚達には、それが地球に住んでいる自分たちへの嫉妬や自分の権益を奪い取りに来た侵略行為にしか見えなかった。その見解の大きな相違が、相互を衝突させた。

 密閉されたスペースコロニーの中で生きるための努力をしたジオン公国は、自然の摂理における強者たる資格があったが、強者にはなれなかった。それはただ純粋に、相対的に強い力を持ち得なかったからである。それを覆すために、ジオン公国軍はザビ家独裁のもと無差別の大量虐殺という手段を執った。ここまでされれば恐怖政治を通り越してほかのサイドの宇宙移民者達も鼻白むことは、当然の結果であったかも知れない。それがジオン公国と地球連邦の国力の差を、決定的なものにした。戦争は地球連邦軍が辛くも勝利し、ジオン公国は共和制へと移行して、連邦の属国へと戻ることとなった。結果的にその勝利は、勝った者が正しいという、ひとつの偏見を産んだ。ジオン公国の掲げるスペースノイドのための政治は間違ったものとして、地球の人々の意識に根付いてしまったのである。
 戦後が弾圧の時代の到来を意味することは、歴史の示すとおりである。一年戦争の後の時代も、その歴史に習ったとおりになってしまった。スペースノイド主義は反地球連邦思想とされ、連邦から厳しく弾圧された。その強硬な姿勢は結果的に、逆に反連邦思想を育てる事になった。そして、弾圧する側とされる側の対立と相成ったわけである。前者はティターンズ、後者はエウーゴと言い、相互の対立は宇宙世紀0087年3月に表面化した。
 ティターンズは地球出身者のみで編成された、ジオン公国軍残党狩りを目的としたエリート部隊である。彼らはかつてのジオンと同じく、恫喝のためには手段を選ばなかった。それを打倒すべく武力蜂起したのが、エウーゴである。元々エウーゴは、月に駐留していた連邦軍人が構成員のほとんどであった。しかし、正規の部隊であるティターンズと、半ば反乱軍であるエウーゴとでは、戦力に決定的な差があった。そこでエウーゴは、月の企業連合体とスポンサーとして結託することで、その戦力を充実させることに成功した。地球至上主義を掲げるティターンズとスペースノイド主義を掲げるエウーゴという両者の掲げる対照的な思想と戦力や戦略戦術の優劣の拮抗は、長期戦を招いた。
 序盤、エウーゴは不利であった。それはティターンズが軍権を握っているために、エウーゴの因子以外の連邦正規軍全てがティターンズに従うしかなかったからである。その戦況の不利を補うために、エウーゴではひとつの部隊が創設された。特殊遊撃部隊”クレイモア隊”がその名前である。

 クレイモア隊は、正規の任務を行う主力の部隊を陰から支援して、作戦実行の効率を上げるために存在している、いわば”エウーゴの影”であった。戦争というものが単純に戦力と戦力の正面衝突のみで決せられるモノではないと言うことを、クレイモア隊は象徴している。クレイモア隊を構成しているメンバーはいずれも、ライトスタッフの名に恥じない、質を持っていた。量では勝てないのだから質に特化してしまおうと開き直った結果である。しかしクレイモア隊の存在意義は、それだけではなかった。もうひとつの隠された目的があったのである。それは、エウーゴの障害となりうる活動を実力で排除するなどの、エウーゴが立場上行えない任務を裏で行うことである。エウーゴはジオン・ダイクンの提唱したニュータイプ主義という政治上の理念を標榜して宣戦布告しているため、宇宙での活動の方向性には限界があった。例えば、ティターンズのやりかたに恐怖して激発したスペースノイドを武力鎮圧するなどの行為は、スペースノイドのために戦っている大義名分を持つエウーゴには行えない。そこでクレイモア隊が出動するのである。実際、鎮圧された側の人間でクレイモア隊の存在を知っている者はほとんど皆無であろう。それはエウーゴが受けている地球圏での現在の民意を考えれば、想像も難しくはない。そして我々は汚れ役を押しつけられた。
 単刀直入に言えば、エウーゴは清廉潔白の正義の軍隊ではない。ティターンズという強大な悪に対峙していると言うだけの、相対的な正義でしかないのである。だから私は、エウーゴが地球圏に仇なす存在となった場合、エウーゴと戦わねばならないのだ・・・

 手帳に手書きで書き込まれた文面を読んでそれが一区切りすると、エネス・リィプスは手帳を閉じた。
「・・・貴様は歴史書でも書くつもりか?これでは出版の検閲すらも通らないぞ。」
 半ば呆れ気味に、エネスはその文面の著者を見た。その著者は自分と同じくらいの25歳前後で、背中まである長く黒い髪と青い瞳が特徴的な青年であった。エネスの親友、ショール・ハーバインである。
「オレの独断と偏見が混じってるからな。良いスパイスだろう、エネス先生?」
 臆面もなく、ショールは添削者に返答した。元々ショールが自室でこの文面を書いている現場に居合わせ、見せるようせがんだのはエネスである。親友の悪口を書いているのならともかく、自分の思想の整理のために書き連ねているのだから、文句を言われる筋合いはない。だがショールは、怒らなかった。それは印象的なほどに綺麗な金髪を持っている親友が、自分が出版物を書いているつもりがないことを承知の上で言ったのだと、知っているからである。
「貴様の文才がないことはよく判った。貴様はそれでなにをしようっていうんだ?」
「・・・ひどいことを言うな、お前。まぁ大事なのは表現じゃなく、中身さ。これを書き終わったら、お前かエリナにコピーを持っていて貰おうと思ってな。」
 ショールは肩をすくめた。
「なるほど、後世への遺産を遺そうってわけか。確かにオレ達の世代だけでは、目的は達成できないからな。それを継いでくれる者には遺しておいてもいいだろう。その手帳は出撃時には置いて行け。オレはこの文書を引き継ぐつもりはないからな。」
 エネスは頷きながらも、しみじみと言った。元々エネスは、自分の考えをショール以外の人間に話すことを、嫌っていた。半分は照れくさいというのがあったが、もう半分は別の次元にある。ショールとエネスの考えは理想主義すぎて、ほかの人間がこれを聞くと少なからずの拒否反応が出て、それが無意味な論争を産んだ事がしばしばあった。エネスはティターンズ内でそう言った議論を繰り返してきており、うんざりしていたのである。
「わかってる。オレが死んだら手帳もオジャンだからな。それにしても、それは友人に言う言葉じゃないだろ?せめて”死ぬな”くらいは言ってくれても良いだろうに・・・」
 冗談めかして、ショールはエネスを責めた。
「だから”その文書を引き継ぐつもりはない”って言ったろ。ティターンズも明日には消滅する。そうなれば連邦はエウーゴが主導していくことになるんだ。これからが正念場なんだぞ。」
「・・・そうだな。ま、オレはこんなくだらない戦場でくたばるつもりはないさ。」
 不意に、ショールの右腕に巻かれた腕時計が、14:45の時間を知らせるアラームを鳴らし始めた。
「休息の時間は終わりだな、ショール。そろそろ半舷休息の交代時間だろう?」
「あぁ、デッキに行かないとな。」

 宇宙世紀0088年2月6日・・・クレイモア隊旗艦アイリッシュ級宇宙巡洋艦”ティルヴィング”は、グリプスのコロニーレーザーがあるサイド2の宙域へと向かっていた。予定ではあと2日もしないうちに、その宙域へと到着する予定であった。ティルヴィングは命令違反をして、グラナダから出撃した艦である。フォン・ブラウン市上空でアクシズ軍との戦闘を行い、撃退したその足でサイド2へと向かっているのである。
 時を同じくして、エウーゴの旗艦アーガマは、未だにアクシズの宙域をを発進できずにいた。アーガマの発進が遅れたのは、アクシズのグラナダ落着を内部からの制圧とコロニーレーザーを発射することで阻止した後、その隙をついてティターンズのMSが強襲してきたからであった。それをなんとか撃退したアーガマ隊は、グリプスで不穏な動きを見せるティターンズ・アクシズ両軍を撃滅するために、ティルヴィングより数日遅れでグリプスへの進路を取っていた。
 ティルヴィングがアーガマよりも先行できたのは、あくまで偶然であった。その頃、グリプス奪回に意欲を見せるティターンズとそれを利用しようとするアクシズ軍、そしてそれを守ろうとするエウーゴという三つ巴の小規模な争いが頻発していた。
 2月8日・・・ティルヴィングがサイド3にある諜報組織「ピクシー・レイヤー」のユリアーノ・マルゼティーニからレーザー回線による極秘の連絡を受けたのは、サイド2の宙域まであと5〜6時間という距離にまで接近してきたときであった。
「艦長、例のJ.Mからのレーザー回線による電文と情報が入っています。電文の内容は『月にいたアクシズ軍巡洋艦の進路上にて、ニューデリーがエウーゴの部隊と交戦中』との事で、現在の情勢を記載した資料も添付されています。それがこれです。」
 数枚の紙にプリントアウトしてそれを渡したミカ・ローレンスの口頭での報告は、ログナーを一瞬、困惑させた。ティルヴィングはアクシズの巡洋艦シンドラと交戦した後、逃走するその艦の進路をそのまま追尾する形で、サイド2に向かっている。このままではアクシズの艦とニューデリーの2隻を相手にしなくてはならなくなる。ニューデリーとの遭遇は、昨年の戦闘でティルヴィングが深手を負った事もあり、できるだけ避けたかった。

 現在の戦略状況を詳細に整理している資料に、まずは目を通してみる。アクシズ軍はグラナダへのアクシズ落下の準備を終えた後、独自にコロニーレーザーを占拠すべく、サイド2から少し離れた宙域のサイド3側に戦力の集結を始めていた。この行動はアクシズ落とし作戦の成否に関わらず、あらかじめ予定したかのようであった。そしてティターンズもまたコロニーレーザー奪回のため、アクシズとはコロニーレーザーを挟んで反対側の宙域に全戦力を集結させようと言う動きを見せ始めていた。いくら満身創痍のティターンズといえどもその戦力を集結させれば、現在のエウーゴを上回るだけの戦力は有している。同じだけのダメージを負った同士であれば、元々の絶対数の多い方が有利なのは、言うまでもない。エウーゴも充分にダメージを負ってしまっているのだ。
 戦況は、次のコロニーレーザーの発射を誰が行うかで勝敗が決まってくる状況にまで、進展している。そう言う意味では、コロニーレーザーを占拠しているエウーゴが現時点で勝算の高い側にいるわけではあるが、コロニーレーザーの発射とはそれほど簡単に素早くできるものではない。あまりの大出力ゆえに、電力の充填には充分な時間と人手が必要になってくる上に、味方を巻き添えにしないように発射線上の進路をクリアにしておく必要もあった。アクシズに向けて発射したばかりのコロニーレーザーを再び発射するには、エネルギーを再充填するのにどうしても数日はかかるし、一度の発射で効率よく敵を撃滅するための発射のタイミングというものも考慮せねばならない。その上、コロニーレーザーを巡る幾多の小競り合いの中で発電用の太陽電池パネルやマイクロウェーブ受信施設の一部が破壊されており、その電力の充電には更なる時間が必要になってしまっていた。それを踏まえた現状では、最大出力で発射できるようになるまでの充填には1週間以上かかりそうだった。エウーゴの有利とは、所詮その程度なのだ。コロニーレーザーのような戦略的規模を持つ大規模ハードウェアは、戦力差を覆す可能性を秘めてはいるものの、逆に防衛のための戦力を割かねばならない、いわゆる諸刃の剣なのである。入手した情報を頭の中でもう一度整理して、ログナーは結論を出した。
「本艦は現状を維持、コロニーレーザーへの進路を取る。」
 ログナーの命令は素早くブリッジクルーに行き渡ったが、キャプテンシートの横に陣取っていたロイス・ファクター大尉が少し怪訝そうな表情を見せた。
「いいんですか?このままだとニューデリーとアクシズ巡洋艦の両方を同時に敵に回すことになりますよ?」
「やむを得んな。まぁどちらも無傷ではないんだし、フランベルジュを本艦の防衛に回して、エストック隊とエネス大尉で時間差を付けて各個撃破させれば勝算はあるからな。」
 ログナーのこの言葉は、ウソではない。アクシズの巡洋艦にある戦力はほとんど削ぎ落としており、現状ではまともな戦力とはなり得ないことが判っていたし、集結しつつあるアクシズ軍の本艦隊と合流するであろう事も予想していた。ニューデリーの方もエウーゴの部隊と交戦状態であればなんらかの損害は出しているはずだと、タカをくくっていた故の勝算である。ログナーという一流の指揮官は根拠のない勝算というモノを間違っても口にしない男なのだと、付き合いの長いファクターは知っていた。


 ティルヴィングがコロニーレーザーの宙域に到着するであろうこの時、サイド2のコロニーレーザー近くのある宙域に、サラミス級宇宙巡洋艦ニューデリーの姿はあった。2月8日に日付が変わってから2度の戦闘を経験しており、船体には少なからずの傷みはあった。艦長代行でありニューデリー隊の指揮官でもあるフェリス・ウォルシュ中尉は、こんな時にこんな所でこんな事をしている自分の立場に、違和感を覚えていた。それは戦闘後のインターバルに入ってデッキで休んでいるクリック・クラック少尉にも、同じ事が言えた。フェリスは船体とMSの修理の状況がある程度進んだのに納得すると艦長室に戻り、情報の整理をした後にクラックを呼びつけた。一眠りしようかと思っていた矢先のことでやや不機嫌さを見せていたクラックだったが、今の状況を考えるとそうも言ってはいられなかった。
「先程の戦闘はどうだった?」
 やや寝不足気味の目を擦りながら、フェリスは小隊長に尋ねた。
「今の戦闘でジムIIを2機、ネモを1機大破だな。きょう1日で5機のMSを撃破して、こっちはホムルセンのマラサイを失った。せっかくの補充パイロットもオジャンだ。」
 クラックは言い終わって、無意識に舌打ちした。フェリスも溜め息しか出ない。
「ニューデリーのMSはマラサイ2機とバーザム1機・・・なんとか戦えるって数だな。」
「あぁ、次は私もバーザムで出なきゃならないんだろうな。ご苦労だった、クラック。今のうちに休んでおけ。」
 その時だった。フェリスの机上にある端末がコール音を鳴らし始め、フェリスはそれにすぐに応じた。
「私だが、どうした?」
「アクシズ軍の巡洋艦1、接近中です!距離は4800、数分後に接触予定です。」
 オペレータの報告は、せっかくこれから休もうと思っていたフェリスとクラックを苛立たせた。オペレータも少し申し訳なさそうな表情を浮かべている。こいつらも疲れてるんだ、とフェリスは指揮官としての辛い立場を痛感した。
「MS発進準備だ、整備は整ってるか?」
 自分の感情を隠して、フェリスはオペレータに詰め寄った。
「はい、補修、弾薬の補給も完了しています。」
「よし、クラック・・・ラファエルと先行してくれ。私もすぐにバーザムで出る。」
「了解だ」

「連邦軍の艦艇を1隻確認、艦形照合・・・サラミス級!」
 エンドラ級宇宙巡洋艦シンドラのブリッジにいるロフト・クローネにも、フェリスと同じ様な報告が来ていた。ニューデリーとシンドラは距離4800mを隔てて、シンドラの進路上をニューデリーが偶然塞ぎ、シンドラがニューデリーの後背から近付く形で対峙した。クローネは心の中で混沌を司るラプラスが自分の味方をしなかった事を罵った。シンドラにはガザDとシュツルムディアス2機があるだけで、数の上での戦力は半減していた。月でのMS受領の邪魔さえ入らなければ、シュツルムディアスをもう1機受領することができたはずだったので、その悔しさは倍増した。
「仕方ない、ガザDの整備はできてるんだろうな?」
 キャプテンシートのコンソールにある受話器から、MSデッキのメカマンを呼び出して、尋ねた。
「はい、今度は完璧です。」
「よし、もう1機のシュツルムも出す。ガザはほかにやらせろ!」
 クローネは急いでブリッジを辞して、MSデッキへと向かった。相手がティターンズなのかエウーゴなのかは判らないが、どのみち攻撃対象であるというのが今のクローネの立場だった。しかし、クローネは内心、エウーゴの部隊でない事を祈っていた。クローネがジオン軍の一員として戦っているのは、敵という存在そのものが連邦の内紛をいち早く終わらせる材料になりうると感じていたからであって、決してエウーゴの主義に賛同したとか現在の連邦のやり方を支持しているわけではない。単にいまエウーゴと戦うことの意義を感じていないだけのことなのである。エウーゴが内紛を治めて連邦軍を主導していくようになれば、何らかの変化が連邦に現れる可能性が高い。それが良い方向であればそれで良いし、悪い方向へ向かったり何も変わらなければ、有志を集めて連邦を本格的に攻撃するつもりであった。ニュータイプというひとりの人間をを特異な存在と定義して利用したり排斥したりするばかりに人間が人間らしく生きていけない今のシステム、それをクローネは嫌っていたのである。パイロットスーツに着替え、デッキに到着したクローネはシュツルムディアスに向かって慣性を利用して身体を流していった。コックピットに滑り込むと、計器類などのチェックを簡単に済ませて、機体をカタパルトに接続させた。
「シュツルム出撃後、すぐにガザともう1機のシュツルムも出せ。クローネ・・・シュツルム、出る!」

 数分後、ニューデリー、シンドラの両艦から出撃したMS各3機は、それぞれの中間地点の宙域で対峙した。ニューデリー側のMSはフェリスのバーザム、クラックとラファエルのマラサイという編成、シンドラ側はクローネともうひとりのシュツルムディアスとガザDである。
 先を制したのはフェリスであった。真ん中のディアスタイプのMSからは、なんらかの威圧感を感じる。しかしフェリスはその威圧感の持ち主を優先的に叩くことを決意した。
「真ん中だ、ほかは目もくれるな!」
 言い出して、フェリスはクローネのシュツルムに向かってビームライフルを乱射した。回避能力の高いパイロットに対しては、照準をつけて狙うよりも無照準で乱射した方が命中率が高い場合もあることを、フェリスは知っていた。
「バーザム!ティターンズかッ・・・こんな所にノコノコと!」
「一見無謀な戦法に見えるがッ」
 続いてクラックも同じく無照準でクローネ機を狙って乱射していく。この際弾薬が云々等という事を気にしていられる相手ではないと感じていたのである。それでもクローネはビームの雨の中をすり抜け、その全弾を回避してしまった。クラックはそのクローネのシュツルムディアスの動きが通常のMSの機動ではない事を、直感した。こちらが撃つ前からその機体が回避運動に入っていたからである。このパイロットはオレ達が攻撃する瞬間を知っていたのか・・・クラックは戦慄を覚えた。
「戦局全体を見渡したような、この流れるような動き・・・まるでエネス大尉・・・!」
 思わず元上官の名前が無意識に、クラックの口から出た。今度は回避行動を終えたクローネ機の番である事を主張するように、シュツルムディアスのビームピストルをバーザムに向けて2発、発射した。1発目はバーザムの左側をかすめ、2発目は回避運動無しでは避けられない、コックピットへの直撃弾だった。それをフェリスは機体の半身を時計回りにずらすことで、なんとか回避した。
「なんて正確な・・・!」
 フェリスは回避運動後の姿勢を維持すると、再びクローネ機に向き直った。(相当手強い・・・)フェリスは首筋に冷や汗が走るのを自覚した。
「クラック、突っ込むから援護しろ!」
「なに、無謀だぞ!」
 クラックは流石に驚いた。クラックの知っているフェリスという女性は如何に気丈とは言え、ここで無謀な戦法にでるような女ではなかったはずだ。しかし・・・しかしだ。反応速度の速い相手に射撃戦を挑む方が無謀なのだというのは、エネスの戦いを見れば自ずと身に付く。クラックはそれしか方法はないと直感した。そして決断した。
「行けッ!」
 クラックが叫ぶと、フェリスのバーザムは推力を全開にして、クローネのシュツルムに突撃していった。クローネはこの無謀とも言える戦法を、感知できなかった。予測もしていなかったからでもあったが、クローネはまだこういうマニュアル外の事態への対処に反応が遅れるという欠点を、ここでもさらけ出した。
「ぐッ」
 そのクローネの動揺に追い打ちをかけるように、クラックとラファエルのマラサイからは左右に撃ち分ける形でのビーム攻撃が放たれた。これでクローネ機の回避の方向は上下しかない・・・
 フェリスが先日のエネスと同じ戦法でクローネの意表をつくことが出来たのは、偶然ではない。反応速度の速い敵と相対した時は近接戦闘が有効であるというのは半分常識のようなモノであるからだ。その上後背から援護射撃を受けることができるとしたら、その有効性は更に高まる。しかしクローネは同じ戦法で二度とやられるようなへまをする兵士ではない・・・クローネは少なくともそう思っている。意表をつかれたのは事実だが、いざというときの瞬発力はクローネの真骨頂である。援護射撃のタイミングが左右同時ではなく、若干のズレがあることを察知して、やや早めの右側の射撃が時期を通過した後、そこへ機体を水平移動させて2発目の射撃も回避した。これでフェリスの目論見は崩れた。
 クローネ機はそのまま時計回りに水平移動を続行して、フェリス機の右後背に回り込む動きを見せた。そして射撃・・・ビームサーベルを持つバーザムの右腕が吹き飛んだ。
「・・・不味い!」
「邪魔をしなければ死なずに済んだのに・・・悪いが落ちて貰うぞ!」
 クローネが傷を負ったフェリス機にとどめを刺そうとした時であった。クローネ機の後方で爆発がひとつ、起こった。
「なんだッ?」
 クローネが、爆発したのがガザDだった事を気付くのには、数秒の時間が掛かった。その隙にフェリスは後退して、再び距離をとった。クラック達と合流する。その次の瞬間、クローネ機に向かって雨のようなビーム攻撃が放たれた。はじめはティターンズの援軍かと思えたが、接近してくるMSを見て、それが違うことを確認した。3機のMSの中に1機、見覚えのある真っ白なカラーリングをしたMSがあったからである。
「あのバーザムは!」
 バーザムの左肩にある狐のマーキングが昨年してやられたバーザムのモノだと気付いたのは、レイ・ニッタだった。しかしそのバーザムよりも当面の敵として認識すべきMSが、更に手前にあった。エネスとショールが2人がかりでも力押しできなかった相手・・・それはある意味戦慄ですらある。
「エネス、ヤツだッ!」
 叫んだのはショールである。ショール、エネス、ファクター、レイ、フェリス、クラック、そしてクローネ・・・決戦という大舞台に、招かれし役者がここに揃った。


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