第01章  決  戦

 宇宙世紀0088年2月10日、グリプスのコロニーレーザーを巡る最後の戦いを前に、そのすぐ近くの宙域ではクレイモア隊、ニューデリーMS隊、シンドラMS隊が偶然に鉢合わせた。アクシズ本艦隊へと合流しようとするシンドラと、そのすぐ後を追尾する形でクレイモア隊、そして両者の進路上にニューデリーがたまたま立ちふさがっていたのである。

「あの白いディアスはッ」
 見まごうことのないあの白いリックディアスは、確かに月で戦ったエウーゴのMSである。クローネでなくとも、相対して生き残った者なら忘れようのない存在であった。先程クローネが戦っていたMS隊の技量も相当なものであるが、ここまでのインパクトはない。
「エネス、ヤツだ!」
 ショールもまた、クローネのシュツルムディアス2機を確認して、叫んでいた。
「判っている。僚機もいる・・・ニューデリーのMSに構っていられる場合じゃないな、これは・・・」
(あのバーザムはあのときの・・・とすれば、隣にいるのがクラックか・・・)
 エネスはかつての部下の存在を察知したが、この際は無視することにした。目の前のシュツルムディアスとクラック達を同時に相手をできるほど、こちらの戦力は充実してはいない。もっとも、相手が数で押せる相手なら楽なのだが・・・エネスは一度ため息をついた。
「チッ、よりにもよってニューデリー隊までご一緒かよ・・・ショール、テメーとエネスは赤いのをやれ!」
 ファクターの命令を近距離で聞いたエネスは、咄嗟に不味いと思った。戦力を分散させて勝てるほど、クローネ、クラック達の両者は甘くない。ディアスはもちろんのこと、自分の後釜に座ったバーザムのパイロットも並ではないし、その上クラックの成長も未知数だ。しかしファクターの判断はエウーゴの兵士としては正しい判断だと言えるという気持ちもあったので、敢えて異議は唱えなかった。

 レイとショールがファクターの指示に従って、左右に散った。エネスはエストック隊の命令では動かず、常にそれを支援するべき場所を確保しておくように心がけている。この場合は先日と同じく、ショールを直接援護した方がよいと考えて、ショール機のすぐ後ろについた。ファクターとレイはショール達と分かれて、フェリスとクラックの方向へと機体を流していった。
「全力でとばすぞ。貴様は突っ込め!」
 エネスはショールにそう指示をした。言われるまでもなく、ショールは最初からそのつもりだった。ショールは自機のスラスターを全開に噴かして、射撃を一切行わずにクローネのシュツルムディアスに突進させていった。一方のエネスはと言えば、この前の戦闘で行った戦法を執るつもりはなく、ショール機に隠れてネモを進ませていた。カスタムされたリックディアスと無改造のネモの間にある最大速度の違いから必然的に開く時間差を利用して第一撃を加え、その後クローネのシュツルムディアスはショールに任せて、自分はもう一方のシュツルムディアスを片付けるつもりであった。ショールは、エネスがその戦法を執ろうとしていることなど、まったく知らなかった。エネスなら自分の機体の動きに併せて状況を最大限に利用できる戦法を執ってくれると言う信頼が、ショールに無駄な詮索をする時間を与えなかったのである。エネスもあの手練れ相手に同じ戦法が何度も通用するとは思っていなかったし、クローネも同じ戦法で来るとは思っていなかった。
「・・・・!」
 ショールは突撃への援護射撃がエネスから発射されなかったこと自体に気付いてはいたが、シュツルムディアスの方が現時点で動かずに自分を待ち受けているのだと直感したときから、思考のチャンネルを切り替えてビームサーベルの攻撃を繰り出すことに集中していた。光の剣をそのまままっすぐに突き出して、剣術で言う突きを繰り出していた。薙ぎ払ったり振り下ろすより回避しにくいのが突きの利点であり、ショールはこれを得意としている。エネスが援護射撃をしなかったのは、エネス機がショール機の陰に隠れて前進しているのを悟らせないためであった。ネモはリックディアスよりも小柄なので、真後ろにつけばスッポリと機体を隠せる。ショール・ハーバインはこの場合の囮としては極上だろうと、エネスは思っていた。
「来たッ」
 クローネは左手に持たせているビームサーベルを水平に構えると、その突きを上に弾いた。ショール機はその反動に勝てず、体制が崩れかけた。ショール機は全速で前進しており、この状態での突きを直撃されるのは、そのまま撃墜を意味している。クローネはヘタに避けようとせずに、それを受け流すことで相手の隙を作ることを可能にしていた。しかし、全速移動をしているMSを瞬時に速度0にはできない。体制が崩れたままリックディアスは、クローネ機のすぐ横を通過していった。
(そうだ、貴様はそのまま前へ・・・)
 ショール機がクローネ機の横を通過していったのを見て、クローネのシュツルムディアスへと急速に接近した。ビームサーベルを左手に持たせて、左から右にかけて薙ぎ払う。
「隠れたつもりかッ」
 クローネはそのエネスの行動を、完全に予期していた。白いリックディアスのほかに殺気立った気配が、そのすぐ後ろに見えたからである。それを水平移動でかわして牽制にビームピストルを1発だけ放った後、クローネは白いリックディアスの気配を探した。そして、それはすぐに見つかった。すぐ右後背から、狙っている視線を感じ取った。凡庸な兵士なら、このまま180度回頭したかもしれない。だが、それでは隙を作ってしまうと判断したクローネは、急上昇をかけた。そこにエネス機の入り込むスペースができて、エネスは当初の予定通りに直進した。

 ミノフスキー粒子のおかげで、エネス機のセンサーに敵機の姿は映っていなかった。だからエネスは次の標的をモニタに直接、捉えなければならなかった。右後方で戦闘の光が見える。ショールとクローネの戦いが続いている証拠である。そこからエネス機を挟んで反対方向、つまりエネスの左前方に、敵機らしき姿を確認した。シルエットで、それがディアスタイプのMSであることがすぐに判った。距離はそう遠くない。ビームライフルの射程距離内だ。
「先にザコを叩かせて貰うッ」
 エネスはビームライフルをシュツルムディアスに向けて斉射した。ネモの火気管制システムはエネス用に調整されたモノだったが、距離的にはまだ遠目で、エネスでも命中させるのは難しかった。自分の焦りに近い感情を、今更になって自覚した。1機の特定のMSの存在が心理的に及ぼす影響というモノを、エネスはここで思い知った。出来るだけ早く手練れのシュツルムディアスを孤立させねば、ショールでも危ういと思っていた。可及的速やかに、その撃破に専念できる環境を整える必要がある。本来ならこれはフランベルジュ隊のなすべきことではあったが、現在はティルヴィングの護衛という任務を軽視するわけにもいかない。グリプスは現時点で最大規模の戦場であり、防御には気を配る必然性を、エネスは自覚していたのである。
「これで!」
 エネスは3発、ビームで牽制をした。左右に1発ずつ打ち込んだ後、その間を縫うように中間地点に最後の1発を放つ。シュツルムディアスの左腕をかすめたようだった。エネスは、この反応で相手が経験の浅いパイロットであることを確信した。この程度の牽制を必死になって回避しているようでは、相手の技量は知れたものだと思ったのである。だが機体は最新鋭のディアスで、エネス機は今や旧式と呼ばれてもしょうがないネモである。機体性能の差は腕でカバーする、それはエネスのプライドが現実にそうさせてきた。そしてエネスはまたも、それを実践してみせた。敵機の左上から時計回りに1発ずつ、敵機を四角形で囲むように連続で4発発射する。先程の牽制で、相手はまた真ん中を狙ってくると思っているだろう。エネスの予想通り、シュツルムディアスは4発目がディアスの左下に撃ち込まれたあと、1発目の攻撃が通った地点に向かって回避運動を開始した。エネスはすかさず、これを狙撃した。シュツルムディアスのパイロットは、自分の心理や操作パターンを完全にエネスに支配されたことにも気付かずに、頭部コックピットへの直撃を受けて爆砕した。そのシュツルムディアスは頭部だけを打ち抜かれて、本体はただ宇宙を漂うだけであった。
「ショールを援護しなければ・・・」
 エネスには、休んでいるヒマなどなかった。機体を右後方に振り向かせ、ショール機の方へと視線を送る。戦闘の光は少なくなっていた。全くなくなったのならば、戦闘は終わったのだと思っていい。しかし小さな爆発の光はちらほらとではあるが、エネスの網膜に映っていた。この光は恐らく、この宙域に浮かぶMSや戦艦、コロニーなどの残骸に当たって起こった爆発の光であろう。そして、戦況はやや膠着したようだと察して、機体をショール機の方へと推進させていった。


 『死装束』とクローネのシュツルムディアスの一騎打ちは、エネスがほかのMSと戦っている間にも続いていた。体勢を立て直したショールも、クローネも、右手にビームピストル、左手にビームサーベルを持たせていた。強化バインダーを装備したシュツルムディアスと推力を1割強化している『死装束』の性能は、ほぼ互角と言っていい。あとはパイロットの腕次第である。互いが射撃を行うが、巧みなショールの回避運動とクローネの”読み”同士が働いて、かすめるのがせいぜいであった。
「攻撃が当たらない・・・奴もニュータイプか・・・いや、プレッシャーは感じないか・・・」
 クローネは、僅かだが焦った。こちらの攻撃に対する初動をあそこまで速く行えるMSというものを、クローネは見たことがなかった。ショール機の死角からの攻撃に対しては、ショール機に搭載されている突撃用補助防衛システム”グングニル”が回避運動への初動を行うきっかけを与えていたが、これはあくまできっかけでしかない。ショール自身の操縦技術と直感、読みというパイロットとして特筆すべき要素が、そのきっかけを活かすのである。だからショールもプログラムの重要性を認識しつつも、それに頼らない姿勢ができていた。だが、クローネはそんなプログラムがあることなど、知りようがない。
 突撃用補助防衛システム”グングニル”は、アナハイム・エレクトロニクス・システム3課のジョン・マツダとアナハイムに出向していたレイ・ニッタが基礎を作ったシステムで、その仕上げには主任であるマコト・ハヤサカも絡んでいる。このシステムは、パイロットの死角からの攻撃に対してパイロットが反応できなかった場合、システムに蓄積された回避運動のデータに基づいて自動的に回避運動の初動を行い、パイロットがその後の回避運動をしやすいように機体の体勢を制御するという独自の性質を持っている。これはまさに、単機で敵部隊を強襲して離脱するという、一見無謀とも言える極端な一撃離脱戦法を可能にしている。また、このシステムは人の意思に反応するサイコミュと違って、攻撃という動作に対して反応する。それはサイコミュ兵器によるオールレンジ攻撃にも有効であることを示し、それ故にこのシステムの用途は意外と広い。しかし元が個人レベルで制作されたプログラムなだけに、不完全な部分も多い。その不完全な部分の中で最も重要なのは、パイロットそれぞれに操縦のクセがあり、システムがそのクセに完全には対応できない事であった。空っぽだった回避運動のデータは、ショール・ハーバインの独特の回避運動によって埋められたが、これもまたクセがあった。このクセと適合したパイロットだけが、このシステムを完璧に扱うことができる。早い話、このシステムは人を選ぶのである。現時点でこのシステムを完璧に扱える人間は、この世でショール・ハーバインただ一人なのだ。
(やはり近接戦闘しかないな・・・どうしたら・・・)
 ショールは『死装束』の右手に持たせてあったビームピストルを、腰にマウントしてあるクレイバズーカに持ち替えさせた。その後クローネ機攻撃に対する回避運動に気を回しながらも、辺りに目を配らせた。そして、ショールは”あるもの”を見つけた。

 ショールは、クローネの攻撃をなんとか回避し続けていくうちに、MSやコロニーの残骸が数多く漂う宙域に移動していた。言うまでもなく、これは意図的にである。クレイバズーカに持ち替えたのも、この地形ではこちらの方が有効となると判断しての事であった。あとは敵機を狙いやすい場所を選んで、身を隠すだけだ。
「誘い込まれたか・・・思い切ったな。」
 クローネは、自分が白いリックディアスの存在感に引っ張られたような感覚を自覚した。すぐに白いリックディアスの行方を探したが、これでは見つけるだけでも難しそうだった。その頃ショールは、残骸のある宙域の奥深くには入り込まず、実はクローネが侵入を果たした地点にある機体をスッポリ隠せる大きさのコロニー外壁の残骸に、身を隠していた。身を隠すためにこういう場所に逃げ込んだ場合、相手は奥の入り組んだ場所に潜り込むと思いがちである。その心理的効果を狙った部分もあったが、もっと根本的なところに理由はある。自分が敵機の場所を捕捉できなければ、そもそもこの場所に逃げ込んだ意味がない。ショールは初めから防御のためにここに逃げ込んだのではなく、あくまで攻撃のためにここに入り込んだのだ。ショールはクローネのシュツルムディアスがその宙域に入り込んできたのを確認すると、残骸の影からバズーカ5発を連続で発射した。その後すぐに残骸から身を現して、突撃していく。先行したバズーカの弾丸は、クローネ機周辺の残骸を豪快に破壊して、その誘爆で多量の爆風と爆炎を宇宙に解放した。クローネはそれで目を塞がれ、体勢を崩した。
「これで終わりにしてやるッ」
「しまった!」
 クローネは自分の力を過信して、不用意に敵の罠に入り込んでしまった自分の迂闊さを呪った。モニタが役に立たない以上、勘に頼るしかない。殺気は右後方から来た。振り向いて防御するヒマはない。左に水平移動をして、それを回避しようとした。だがそれは不完全な運動だった。残骸が邪魔になったのである。
「オァァァァァァッ!」
 鬨(とき)の声と共に、ショールはビームサーベルを前方の爆炎の中に突き出した。渾身の一撃というのは、恐らくこういうモノなのだろう。その渾身の一撃はシュツルムディアスの右肘関節部を貫き、肘から下が爆発して無くなった。咄嗟に避けなかったら・・・いや、このままだともう1機が来る・・・クローネは逡巡した。元々自分はアクシズ本艦隊への合流が優先事項であり、その進路確保のための出撃なのだ。敵を殲滅することが、今の目的ではない。シンドラはクローネの命令通りに直進して、既にティターンズの艦からの追撃を危惧しなければならない距離からは離脱しているはずだ。潮時だな、とクローネは後退を決意した。
「このッ」
 クローネは必死に機体を上昇させて、とりあえずこの宙域から離脱するための動作を行っていた。
「チィッ・・・追撃は無理か・・・エネス!」
 爆炎は少しずつ収まりつつあったが、『死装束』周辺の視界は悪く、ショールはそのクローネ機の動作を確認できなかった。ショールもまた、討ち漏らした後の追撃の事を考慮せずに戦っていた自分の迂闊さを、呪っていた。思わず現時点に傍らにいない親友の名を、無意識に叫んでしまった。その親友は、先程『死装束』と戦闘を繰り広げた宙域から、損傷したクローネ機が離脱してきたところを目前にした所まで、接近していた。
「ショール、生きているか!」
 目の前にいる機体が『死装束』ではない事に、エネスは隠しきれない不安を覚えた。とりあえず敵機の様子を観察してみる。どうやらシュツルムディアスは被弾しているらしく、エネスのネモが接近してきたのを迎撃すると言うよりもこれから撤退しようとしたところに出くわしたという状況らしかった。
(被弾しているからこそ叩くべきなのか、無理に追いつめるのを避けるべきか・・・)
 エネスは一瞬決断を躊躇ったが、自分達の戦うべき相手が目の前のディアスだけではない事を考慮して、ここは相手を撤退させることを選んだ。ネモが少し移動したことで進路を確保したクローネは、一刻も早くこの場を離脱しようと駆け抜けていった。
(エネス・・・そしてショール・・・か・・・)
 途切れ途切れの通信の断片から、相手のパイロットはショール、エネスという名前であることを聞いていたので、クローネはその名を忘れまいと心に決めていた。

エネスがこの消極的決断を後悔することになるのは、まだ先の話である。


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