第03章 グリプス戦役

 宇宙世紀0088年2月11日・・・クレイモア隊、ニューデリー隊、シンドラ隊によって繰り広げられた局地的三つ巴戦は、痛み分けに終わった。クレイモア隊旗艦ティルヴィングは戦闘を終えて、とりあえずの補給のためにコロニーレーザーのすぐ側に配置されていた補給艦との合流を行っていた。ティルヴィングは参謀本部の待機命令を無視して出撃してきた艦であったから、本来なら補給を受けられる立場ではなかった。しかしコロンブス級補給艦”オタワ”艦長モリスン少佐の厚意で、ある程度の補給を受けることができたのは、幸運であったと言えた。

「しっかしまぁ、オレらにこんな補給をやって・・・いいのかねぇ?」
 エネス、ショールとシャワーを共にしてそれを終えたレイは、いつも通りの飄々とした口調でエネス達に問いかけた。別にレイにとって深刻な疑問であるわけでもなかったが、こういう些細なモノであっても何か話題が欲しいというのが、正直なところであった。緊張や深刻と言ったモノは、レイが最も嫌う事である。
「オレ達は別に、叛逆したってんじゃないんだからな。参謀本部のお偉方はともかく、ほかの連中はエウーゴのための行為だと判ってくれるさ。もっともオレ達はエウーゴ正規の部隊じゃないから、母艦がサラミス級だったら補給は受けられなかっただろうな。」
「・・・?どう言うこと?」
 ショールは肩をすくめて、エネスの方を見ながら言った。それはエネスにも何らかのリアクションを求めているということであると、エネスは気付いていた。
「サラミス級だと、ティターンズ辺りでも簡単に誤魔化せるからな。アイリッシュはエウーゴオリジナルの艦艇だ、誤魔化しようはない。参謀本部の連中はこの戦争に勝った後のことを考えているようだが、前線はそんな事を考えている余裕もない。まずは目の前の勝利のため・・・補給部隊もそう思うだろう。」
「なぁるほど。ま、さっさと仕事終わらせて月に帰れるんなら、それでいいけどな。」
「死ぬんなら、お前が一番先だろうからな。死体で月に帰るなんて事がないようにな。」
 ショールが冗談めかした事にレイは一瞬だけ憮然としたが、すぐに表情を緩めた。
「・・・なんてね。チョーシこいてる人間に限って、映画なんかだと先に死ぬんだよなぁ・・・なぁ、ショール?」
「ははは、言ってろ。じゃ、オレはデッキに行ってる。エリナがシステムの微調整に付き合えとさ。」
 ショールは廊下からエレベータへと身体を流して、呼び出しボタンを押した。
「・・・待て、俺も乗るぞ。」
「エネスもデッキに?」
「いや、途中で降りる。イーリスに顔見せしておこうと思ってな。別れの挨拶というのではないが・・・この艦も危険になるかも知れないからな。」
「なるほどな。レイ、お前はどうする?」
 ショールが呼び出したエレベータは、既にショール達の前で扉を開いて、人間が乗るのをただ待ち続けていた。
「じゃぁ、オレもエネスについて行ってみようかな・・・」
「貴様が?今度は妹に手を出すつもりか、このスケコマシが。知ってるぞ、貴様がコーネリアのほかにもウェーブに声をかけているんだってな。」
 エネスの顔は、険しくはない。むしろショールには、少し笑っているようにも見えた。エネスがティルヴィングに来てからしばらくの間、エネスがこんな表情をすることなどなかった。それでも1ヶ月もしないうちに、エネスはいつも通りの表情をするようになっていた。エネス・リィプスという男には、親しい人間にはそれなりに砕けた表情をするが、それ以外には徹底的に距離をハッキリさせる極端な面があった。エネスが表情を取り戻したことに、ショールやエリナの存在が最も大きいことは間違いない。だが、それだけではなく、このレイ・ニッタという男の存在もあった。一見、水と油に見えるこの両者は、意外とウマがあっていた。それはショールもレイという男の目に見えない魅力のようなモノを以前から感じていたのではあったが、エネスもレイという男とある程度笑いあえる関係になるとは、予想し得なかった。
「あらま、エネス大尉ともあろうお人が、どこで”スケコマシ”なんて日本語憶えたの・・・まぁほら・・・アレだよ・・・イーリスちゃんってさ、寂しそうじゃない?そういやあの娘、今どうしてんの?」
「・・・イーリスは医務室でドクターカンダを手伝ってる。医療系のハイスクールに通ってたからな、どうせなら勉強させてやりたいだろ?それに、あいつが望んだ事だ、オレが文句を言うことではない。」
「なるほどね。で、オレも行っていいよな?」
「・・・妹は口にこそ出さないが、友人を欲しがっている。だが・・・泣かせたら殺す。」
「お前が言うと冗談には聞こえないんだけど・・・」
 レイは、エネスの目が一瞬だけつり上がったのを、見逃してはいなかった。
「・・・来るんなら来い。」
「お〜こわ・・・」

 途中でショールと別れたエネスとレイは、医務室に来ていた。無論、イーリスと顔を合わせるためである。医務室に入って来たエネスを、年齢相応の美しさを持つ妹は快く迎えた。丁度イーリスは、軍医であるカンダから薬品の整理を指示されて、それを行っているときだった。別に急用というわけではなかったので、イーリスはそれを中断して突然の来訪者を出迎えた。そのイーリスもレイの来訪にはいささか驚いてはいたが、笑顔で迎えた。
「よ、イーリスちゃん、ご無沙汰〜」
「あ・・レイさん・・・きょうはどうしたんです?」
 言われてレイは、言葉を詰まらせた。特に用事があるというのでもなく、ただ顔見せに来ただけなので、改めて用件を聞かれても返答に困るのが事実だった。
「まぁ用ってわけでもないんだけど・・・元気してるかなってね。良かったらメシでも・・・」
 レイは言いかけて、エネスが自分を見ていることに気付いたが、続けた。
「メ・・・メシでもどう?お、お兄さんと一緒に3人でさ・・・な、エネス?」
「・・・そうだな・・・これからオレ達も忙しくなる。コロニーレーザーの充電を妨害されないとも限らないからな。」
 エネスは苦笑しているようであったが、レイの提案に同意した。イーリスにしても薬品の整理は今すぐ全てやっておかなくてはならないと言うことでもないので、ヒマはあった。だからイーリスも、それに応じた。

 宇宙空間においても、時間の概念は人を縛り付けている。朝には朝食を採るし、就寝時間になればベッドに入る。地球やコロニーのように時刻と共に移り変わる陽の光こそないが、時間の概念は場所を選ばずに不変であった。現在はランチタイムがそろそろ終わろうとしている時間だが、パイロット達は休息命令を受けているので、そう言う時間には縛られずにいた。食堂の中にはレイ達3人以外に人はおらず、ランチタイムの喧噪が嘘のように、閑散としていた。レイが2人で3人分の食事の包みを運んできて、エネスとイーリスに手渡した。
 無重力食でハンバーガーのような包装を施されたタイプは、ごく当たり前だ。臨戦態勢時などのチューブタイプの流動食で過ごさねばならない場合を考えると、食料や時間の余裕ができる補給直後という状態は前線の兵士にとってはありがたいモノである。しかし、アイリッシュ級やサラミス級などの宇宙での運用を前提に設計された艦艇には、コロニーのような遠心力による人工の重力を産み出す機能は付けられていない。テーブル付属のイスについているマジックテープで身体を固定して、包みを半分だけ開けて中身を食べる、いわゆるファーストフードと同じ要領で食事をとらねばならない。それは食事という日常の行為を非日常に感じさせるモノがあった。レイはその違和感には、やはり馴染めそうになかった。
「ドクターは良くしてくれているか?」
「ええ、ちょっと気難しいけど、優しい人だから・・・」
 エネスはこの時になって、自分の妹の近況をほとんど知らないことに気付いた。それはエネスの迂闊さを露呈した発言ではあったが、今という情勢を考慮してイーリスの方からコンタクトを控えていたと言うこともあり、誰もそれを責めるつもりはなかった。
(駄目な兄貴だ・・・ひとりの人間として、オレは間違ってるな・・・)
 イーリスの返答はごく無難な言い方だったが、それはエネスの自嘲気味の思惑を察したからであった。実際は特別扱いを受けずに、ひとりの助手として正当にに扱ってくれてはいるものの、慣れない作業を要する用事も容赦なく言いつけられていた。しかしそれはイーリスにとって不満があるわけではなく、お客さん扱いされないことはむしろ嬉しくもあった。イーリスの回答が簡潔だったのは、エネスが誤解するのを防ぐためである。
「ここでも勉強できるのは、時間を無駄にしなくて幸運だったな。でも無理はするなよ。」
「判ってるわ。でも兄さんの方が心配よ。」
「あぁ・・・」
「大丈夫だって、いざとなったらオレ達が守ってやるから、イーリスちゃんは安心してな。」
 人造蛋白のカツレツをやや固いパンで挟んだサンドイッチを頬張りながら、レイが2人の会話の間に入った。
「・・・だそうだ。」
 レイが食しているモノと同じモノを一口かじって、エネスは肩をすくめた。サンドイッチは一個一個は小さなモノで、イーリスでも3〜4口ほどで平らげることができるほどの大きさだ。食事に要した時間は、15分ほどだった。これでも食事の内容を考えたら、会話が盛り上がって時間が掛かったくらいである。チューブの方にはコーンスープが入っていたが、なんでスープは良くて自分の好きなジャパニーズミソシルが無いのだろうかと、レイは不満に思った。

 補給艦オタワからの補給と艦載MSの補修などを終えたのは、2月13日に入ってからであった。グリプスのコロニーレーザーは既に次の発射に備えての充電を始めており、このまま邪魔が入らなければあと5日も待たずに、最大出力での発射ができることになる。
 それと同じくして、旗艦アーガマを始めとするエウーゴの主力艦隊が、コロニーレーザー付近の宙域に集結し始めていた。秘匿部隊というクレイモア隊の立場を考慮すると、この宙域に長居するわけにもいかない・・・ログナーはそう判断して、速やかにその宙域からの離脱を命令した。クレイモア隊が秘匿部隊である事は、参謀本部が決めたことである。その参謀本部の待機命令を無視してこの宙域に来てしまったとは言え、この秘匿性は守られるべきだと、ログナーは思う。それに、ティルヴィングの当面の目的は元々フォン・ブラウンから逃亡するアクシズの巡洋艦を追撃することであり、この最終決戦とも呼ぶべき戦闘に正規の部隊と連携して参加する事ではない。ログナーの考えは、それとはまた別の所にも向かっていた。正規部隊との連携を欠く事は無論承知の上だが、そんな事は実際に戦ってみるとどうにかなるモノであり、問題にはならない。この宙域を離脱する理由としては、まだ別の理由があった。エウーゴの優位は確かに脆いモノであったが、それでもエウーゴの最終的な勝利は揺るぎないモノであることは、まず間違いない。とすれば、エウーゴの次なる敵は、アクシズ軍である。ジオン軍という勢力の存在を認めないのは、クレイモア隊の総意であると言っても良い。つまりログナーは、既にアクシズ軍との対決を見据えて、この戦闘には参加せずに戦力を温存しておくつもりなのである。
「艦長、また例のJ.Mからレーザー回線を通じての電文です。」
 ログナーがミカからその報告を聞いたのは、13日の正午前であった。ティルヴィングは既に、ログナーの決めたとおりに衛星軌道を通って、サイド2の宙域を通過した後だった。
「またJ.Mか・・・」
 先日のアクシズ巡洋艦の情報と言い、いちいち情報をコンスタントに入れてくる・・・ヤツの目的は何なのだろうか・・・ログナーは、忘れかけていた正体不明の情報発信者への興味が再燃してくるのを感じていた。
「発信場所は、またサイド3か?」
「はい、サイド3です。」
「・・・サイド3・・・サイド3・・・」
 ログナーはしばしの間、同じ言葉を連呼して考えた。
「まさか、24バンチコロニーか?」
 自分たちがサイド3と関わったとしたら・・・昨年、サイド3の24バンチコロニーにいる共和国の治安維持部隊が激発して、その武力制圧に向かった時くらいだ。ログナーは唯一の心当たりに賭けた。
「いえ、先日も今回もサイド3からではありますが、それぞれ別の場所からです。」
「・・・わかった、読んでみてくれ。」
「は・・・はい。”貴官らが追撃した巡洋艦シンドラは本艦隊と合流した後、月重力圏からサイド3へと移動を開始しているアクシズへ向かっている。”との事です。」
「アクシズがサイド3へ?・・・全パイロットをブリーフィングルームに集めてくれ、今すぐだ。」
 ログナーには、アクシズ軍が何をしようとしているのか、この時点では全く予想できなかった。


 日付は2月12日に遡って、サイド2のサイド3側の宙域に、アクシズ軍旗艦のグワダンの姿はあった。いや、そこにいるのはグワダンだけではない。その日に合流したばかりのシンドラも、そこにあった。2隻の艦艇は接舷しており、グワダンという艦の存在を考えるとシンドラの方から人員が移動してきているのだと、すぐに判る。グワダンの最も深い区画には、王城の謁見の間さながらの部屋があり、2人の男女だけがその部屋を現在使用しているようだった。
 男、ロフト・クローネは一度跪いて、向かいに立っている女の方からの声がかかると、頭を上げた。女性の方と言えば、その均整の取れた美貌と、理知という言葉をそのまま表現したような端正な顔・・・この女と向かい合った人間をある意味で呪縛しそうな危険なモノと、男が不思議と引きつけられる甘美な危険がある美しさだ・・・とクローネは思う。クローネ個人としては、前者の危険さを特に強く感じていた。
「そうか、邪魔が入ったか・・・エウーゴの中にも、まだ我らと戦うつもりでいる人間がいるらしいな。で、アナハイムの方からはMSを受領できたのだろうな?」
 その女性、ハマーン・カーンの声もまた、クローネの感じるような危険を孕む甘美さと、強さがある。
「は、予定通り3機とはいきませんでしたが、2機は確保できました。そのMSの設計資料なども入手しております。それと、非戦闘員46名の同志と合流を果たしました。」
「それはよい・・・ご苦労だった。ゆっくり休めと言いたいところだが、そうもいかん。お前にはアクシズへ向かってもらう。」
「アクシズへ?」
「アクシズをグラナダへ落着させる為だけに、月に近づけたと思うか?」
「・・・と申しますと?」
 ここでクローネの表情は、やや怪訝さを増した。
(ハマーンめ、何を考えている・・・)
「お前なら判ると思ったが・・・まぁいい。この戦い、エウーゴの勝利は時間の問題だが、勝ってもエウーゴには補いようのない傷が残る。もはや我らの相手にはならんだろう。」
「左様ですな・・・では、次なる相手に備えての準備を行えと?」
「そうだ。敵という表現は的確ではないが、各コロニーへ差し向ける部隊の編成と割り当て、地球降下の準備、そしてジオン共和国の内情の詳細な調査、早急にやるべき事は山積みだ。」
 クローネは、ハマーンの意図するところが判った。アクシズを引き払った戦力を元の配置に戻すということは、人手がいる。シンドラにはその人手が決定的に不足していた。とすれば、クローネが与えられるであろう次の任務は、自ずと想像がつく。戦力にならない今のシンドラでも行える任務、いわゆる情報収集をさせようと言うのだろう。
「判りました、アクシズを引き払った戦力を元の配置に戻す準備を行い、その後はシンドラでサイド3へ向かいます。今なら共和国への監視は緩みきっているでしょうからな。」
 クローネは手短に答えたが、ハマーンはこの答えだけで納得したようで、何度か頷いて見せた。

 時間軸は、またも2月13日に戻る。サイド3の諜報組織ピクシー・レイヤーからの極秘情報を受け、ティルヴィング艦内には緊張が走っていた。ログナーは早速、ブリーフィングルームにパイロット全員を集めて、作戦会議を始めた。本来なら、一艦のブリーフィングルームで行うのは、作戦会議と呼べるモノではない。それは通常、戦略的な選択権が一艦の作戦行動権の及ぶ範囲には含まれていないからである。しかし、この時のクレイモア隊は、作戦会議が必要だった。今のエウーゴの戦略とクレイモアの戦略が同一でない以上、それはやむを得なかった。ショール達パイロットの前方には、液晶スクリーンが月とサイド2、サイド3を結ぶ航路が示されており、ログナーはそのすぐ前で立っていた。
「作戦会議を始める。先程、ある極秘情報が入った。」
 ログナーは作戦会議の開始を宣言すると共に、この艦内の喧噪の顛末を最初から語り始めた。極秘な情報・・・ショールとエネスには、それが誰によってもたらされたのかがすぐに判った。
「フォン・ブラウン市から当艦が追撃していたアクシズ軍の巡洋艦シンドラは、アクシズ軍本艦隊と合流した後、本日に入った時点で艦隊を離脱、独自の動きを見せた。そのシンドラの予想航路が、これだ。」
 ログナーがコンソールのボタンを押すと、液晶スクリーンにサイド2とそのすぐ近くにある黒い陰のような部分が、点線で結ばれた。
「この画面に表示された点線は、シンドラの予想コースだ。そしてこの黒いのがアクシズ・・・」
「つまり、アクシズが空き家じゃなくなった・・・と言うことか・・・」
 エネスが付け加えたのに対して、ログナーは頷いた。
「そう、ここからは詳細な情報が無いのであくまで推測になるが、アクシズを空にするために他で待機していたアクシズの主力が、エウーゴとティターンズの決戦のドサクサに紛れて、何かをしようとしていると言うことだ。で、アクシズの移動が開始されたのが、11日・・・サイド3の方向へ緩やかな速度で移動している。」
「アクシズを叩くと仰るのですか?」
 ショールが挙手をして、少し焦燥の色を浮かべて発言した。
「いや、流石にそれは我々では不可能だろう。そこで、我々は最大船速でシンドラを追撃、アクシズへの牽制を行う。連中もまさか、エウーゴの部隊がアクシズに先回りするだけの余力があるとは思わないだろうからな。勝手なことをされないよう、連中に釘を刺すのが良いのではないかと思うんだが・・・」
 ログナーの口調がいつになく自信なさげだったのは、レイやファクター、ナリアにとっても少し意外であった。アクシズが移動を開始したと言うことは、少なくともそれだけに必要な人員がアクシズに戻ってきている証拠でもある。ということは、アクシズとシンドラの間に入って牽制をするというのはリスクが大きいのである。その位のことは、レイにも予測できた。ログナーが危惧しているのはまさに、この点に尽きる。
「しかし、今回は参謀本部の指示ではなく、我々の独断だ。アクシズとの友好関係が望めない以上、戦端を開くことに関しては問題はない。ただ、エウーゴの損害も、現時点で既に半減している。それに伴って、クレイモア隊の重要度は高まってくる・・・だから、ここでリスクを犯すのが得策かどうかは、まだ私にも判らない。」
 ログナーはそこで言葉を切って、周囲を見回した。それがリアクションを求めて無意識に出た仕草だというのは、ここにいる誰にでも判った。
「リスクはありますが、ここでアクシズ軍の連中に好き勝手やらせる道理はないと思いますが?」
 ファクターは正直に、自分の希望を言った。
「そうそう、やばそうだったら逃げればいいわけだしねぇ・・・」
「俺も賛成〜」
 ナリア、レイも口々に行動を求める発言をして、次第にそれはパイロットのほぼ全員から同じ言葉を聞くようになっていった。ログナーは、ここで自分の判断を実行しても良いという確信を持った。この部隊の優秀さ故の、部下への信頼である。あとは危険になったときの撤退のタイミングを間違わなければ、みんなが生きて帰れる。そして、ログナーは腹を決めた。
「わかった、では本艦はこれより、シンドラの予定航路を先回りする。パイロットは全員、いつでも出撃できる体勢を整えておくこと。以上だ。」
 ログナーは解散を宣言した後、ブリーフィングルーム出口付近にある通信コンソールを開き、ブリッジに方向転換を命じた。

 この時期、コロニーレーザー周辺の緊張は、否応なく高まっていた。その周辺で頻発していた小規模な局地戦はなりを潜め、戦局は長期の小康状態に入っていた。決戦は、これからである。


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