第13章 強化人間

 地球圏で最大規模を誇る採掘資源衛星アクシズには、モウサと呼ばれるブロックがある。このアクシズの象徴とも言うべき直径1キロメートルほどの球体状のブロックは、アクシズでの人の生活の全てを支える区画だ。その中はスペースコロニー同様に街があり、ネオジオンを司る施設の全てがここに集中している、いわばアクシズの中枢部である。
 その市街地の最奥には、ザビ家の当主であるミネバ・ラオ・ザビやその摂政ハマーン・カーンらの居城ともとれる大きな邸宅があり、ハマーン自身の執務やミネバへの謁見もそこで行われる。そこはロイヤルガードと呼ばれる親衛隊や警備兵が交代で警備についているわけだが、ミネバの居室やハマーンの執務室の周辺には更に側近や従卒が控えており、この屋敷の住人の数十倍に当たる人員が屋敷の中にいることになる。そういった警備の中には人の手によるモノでなく機械でまかなえる部分も存在するのだが、敢えて人の手によるモノに固執することで、サビ家の権威そのものを誇示しているわけである。こうするように指示したのは誰でもなくハマーン自身だが、そのハマーンですらそれが愚かしい慣習であると思って、胸中で嗤(わら)ったものである。

 宇宙世紀0088年3月8日・・・ネオジオンから派遣されたクローネがサイド2政庁を到着から2日と待たずに掌握したという報告を聞いて、クローネにサイドの制圧を命令したハマーン・カーン自身がささやかながら驚嘆した。同時にアクシズを発進させたマシュマー・セロのエンドラからは、未だにサイド1制圧の報告が来ていなかった。勿論それは、マシュマーの無能ゆえではない。マシュマーが不運だったのは、エウーゴの旗艦アーガマがサイド1に駐留していた事である。しかしハマーンを驚かせたのは、マシュマーとクローネを比較してのことではなく、クローネがサイドの政庁を交渉とその材料としての税の免除だけで従属させたという事実であった。ネオジオンという巨大なバックボーンがあるゆえに、凡庸な指揮官ならそれをタテに降伏を勧告し、一方的な従属をさせるのが普通だろう。ネオジオンには、それ以上を要求できる程の人材はさほど多くない。
「ロフト・クローネか・・・有能なのは認めるが、自分が純潔であろうとしすぎている。その純潔さゆえに、結果的には自分自身も許せなくなる男だ・・・クローネの監視に向けた部隊・・・なんと言ったか、そろそろ到着する頃だな?」
 ハマーンが尋ねると、側近が各地からの定時連絡をとりまとめた書類を見て答えた。
「は、シシリエンヌが向かっています。サイド2での戦闘は既に終わっておりますので、やや遅すぎた増援になってしまいましたが・・・」
 シシリエンヌはかつて、シンドラと共にアクシズを護送したことのあるムサイ級巡洋艦である。
「フン、間の抜けた話だな。かまわん、あとはヤツの好きなようにやらせておけ・・・今はな。」
「は・・・」
 ハマーンはそう言うと、席を立って自らの私室に戻るために執務室を辞した。

 ハマーン・カーンがシンドラの戦果についての報告を吟味しているその頃、シンドラが平定したサイド2で新たな戦闘の灯がともされ、それが爆炎となりつつあった。
「その突き、その運動・・・貴様、まさか・・・ショール・ハーバイン!?」
 エネスの口から咄嗟に出たのは、親友の名前だった。その声は至近距離にあるヴェキ機にも届いていた。
「オレはヴェキだッ!」
 ヴェキ機がサーベルを一旦戻して、再び斬りつけた。
「なんだと?」
 エネスは後方に下がって、距離をとった。それにあわせてヴェキ機が再び接近してくる。そして突きの連続を再び繰り出してきた。この時のエネスの頭は、真っ白に近かった。相手があのとき見せたあまりに独特な回避運動、そして今繰り出されている突きのパターンは、明らかに親友ショール・ハーバインのモノだ。だが相手はヴェキと名乗った。エネスを一瞬でも混乱させるほどに、ヴェキの機動はショールのそれとそっくりだったのである。
「くッ!」
 その突きはエネスの『死装束』の右肩と右足を的確に捉え、右の肘と膝の関節が破壊された。
「・・・!」
 エネス機の姿勢が右に崩れ、その隙を狙ってヴェキ機が更に追い打ちをかけるように突きを『死装束』の胴体めがけて繰り出した。エネスはそれを上昇することで、なんとか回避することができた。
(なんてヤツだ・・・確かにショールとは何かが違う・・・何が違う?)
 逡巡しながら、エネスは左手に残ったビームピストルを発射したが、それは苦し紛れでしかなかった。ヴェキ機はそのまま回避運動もせず、右手にはサーベルを持たせたまま左手でビームピストルを抜いた。そして構える。
「どッけぇぇぇぇぇッ!」
 ヴェキ機の左から接近してエネスをかばうような動きを見せたのは、レイのマイン・ゴーシュだった。ビームスマートガンの射撃を行いつつ、左手の高出力サーベルを抜き放つ。そして横に一閃した。
「・・・・・!」
 それを事前に察知したヴェキは、後ろに下がって回避した。
「エネスがあっさり・・・なんてこった・・・」
 レイはチラリとファクターの方へと視線を向けた。いかにファクターといえども、ガザC3機に包囲殲滅の危機にさらされては、それを免れるので精一杯と言ったところだった。しかしレイには、それ以上のことは把握できなかった。ヴェキの攻撃の矛先がレイに向けられたためだ。ビームによる射撃が効かない以上、やはり近接戦闘しかない。思ったヴェキは、エネス機を無視して突進した。
「不味い・・・レイ、離脱しろ!」
 エネスの叫びがレイに届くはずもなく、レイも高出力サーベルを作動させてそれに応じた。
「いくぞ、ガンダムタイプッ!」
 ヴェキの咆哮が突きと共に繰り出され、レイはその一撃をサーベルで受け止めた。両機の動きが、一瞬だけ止まった。
「ウラァッ!」
 レイ機が左足でヴェキ機の右手を蹴り上げ、シュツルムディアスはサーベルを手放してしまった。
「それがどうしたッ!」
 しかしヴェキはそれでも怯まず、右手の拳をレイ機の頭部に叩き付けた。その思いきりの早い攻撃に、レイは対応を完全に遅らせてしまった。ヴェキ機の拳はマイン・ゴーシュの首と胴を離れさせることはできなかったが、その衝撃は相当なモノだ。レイを守るリニアシート全体が、激しく揺さぶられた。
「おぉッ!やってくれんじゃねぇのッ!・・・なんだ?」
 レイが高出力サーベルを振るおうとした瞬間だった。警告音がコックピット内に響いた後、モニタに高出力サーベルのミノフスキー発信器が異常加熱していることを示すメッセージが表示された。高出力サーベルが活動限界時間を迎えようとしているのである。
「時間切れッ?」
「レイ、頭を冷やせ、退くんだ!」
 エネスは声を振り絞って叫び、それが近距離にいるレイ機にも届いていた。
「退けるならッ!」
 レイはゼータプラスに標準装備されているビームサーベルを抜いて、薙ぎ払った。ヴェキ機がそれを下降して回避し、バルカンファランクスを斉射した。Iフィールドバリアは実弾であるバルカンを防ぐことはできず、胴体の装甲板を貫いていく。バルカンといえど、この至近距離での射撃では相当な威力があった。
「ハハハ・・・そんな腕で何しに来た、エウーゴのガンダムッ!」
 ヴェキは嘲笑して、再び距離をとった。
「・・・クッ」
近距離でそれを聞いたレイは思わず、腰部ビームカノンを連射した直後にBSG(ビームスマートガン)を近距離で放った。ヴェキはそれを左右に動いて後に独特の回避運動でかわす。
(なんなんだ、この漠然とした絶望感は・・・?)
 レイはとりあえずエネス機に接触しそうなほどの距離にまで近付いた。エネス機の損傷は、既に戦闘が可能とは言えない状態だった。ここは撤収をすべきではないか、とレイは思う。
「おい、そろそろ潮時じゃねぇのか。なんか勝てる気がしないんだけどねぇ・・・」
「・・・貴様もそう思うか?・・・ここは引き上げるぞ。」
 そしてエネスは迷わず、ファクター機の方向へ撤退信号を出した。戦況は圧倒的に不利な状態で、どのみち戦闘行為の維持は難しい。エネスとしても、今は考える時間が欲しかった。


 クローネへの増援としての任務と併せてアクシズから新型MSを輸送するという役目を担っているムサイ改級巡洋艦シシリエンヌは、ちょうどサイド2の宙域に入ったところに差し掛かっていた。シシリエンヌの到着は後続の治安維持部隊の増援としてはタイミングが早すぎ、そして制圧部隊の増援としては遅すぎた。しかしそれがかえって、ティルヴィングを危機に陥れることになったのは、なんとも言えない皮肉だったのかも知れない。そのシシリエンヌの位置は、ちょうどティルヴィングの真後ろだった。
 サイド2の宙域は、先のエウーゴとティターンズの間で繰り広げられた激戦の余韻を残している。使用不能になったコロニーレーザーはそのまま放置されているし、MSや艦艇の残骸がそこいらに漂っている。サイド2の宙域は、不気味なほどの静けさを持っていた。
 ナリア達フランベルジュ隊のパイロット達は、ログナーから発せられた第一種戦闘配置によって自らが乗るMSのコックピットで出撃命令を待つ身だった。出撃命令が下るかどうかすらも判らないのではあったが、油断してはならない状況であるというのが共通の認識である。
 ティルヴィングからエストック隊が出撃して、5分が経過していた。エストック隊が出撃した直後ではあったが、まだMSデッキ内の雰囲気は臨戦態勢のそれであった。悪く言えば余裕がなく、良く言えば緊張しているのではあるが、どちらの捉え方をするにしてもナリア・コーネリアはそんな戦場の雰囲気が好きではない。実弟であるマチス・コーネリアに対して、ナリアは”酒を呑んでから出撃したらどうだ”と冗談めかして言っていたものである。勿論、その位の余裕をもてという例えの話なのだが、ナリアはそれを本気で実行する人間だった。現実として、コックピットには小さな酒瓶が常備されている。見かねたマチスが酒瓶を撤去したが、10分後にはまた新しい酒瓶がコックピットに置いてあったので、マチスは呆れて何も言わなくなったという逸話があった。レイがナリアに頼まれて酒瓶をこっそり置いたなどと言うことは、当人達だけしか知らないことだ。
「きょうは珍しくシラフだね?」
 通信でナリアに声をかけてきたのは、その弟のマチスだった。
「おかしいか?」
「・・・おかしい。」
「そうかな・・・サイド2を航行していて敵襲に遭わないことの方が、私から見たらおかしいけどね。変な敵がでてきていたら、酒呑んでて勝てるかどうかも判らないでしょ?」
 マチスは半分ほど冗談を含めていたのだが、ナリアは本気でそれを捉えたようだ。それだけサイド2の宙域が静寂であると言うことが不気味なことなのだと、マチスは実感を覚えた。
「姉さんは酒呑んだ方が強いって噂もあるけどね。」
 マチスは小さく笑った。
「程度にもよる。酩酊状態でも戦えるのは、それこそニュータイプってもんだよ。」
 今度はナリアが冗談めかして言う番だった。
「姉さん、ニュータイプをなんだと思ってるのさ。」
 自分は弟に呆れられているのだろうか、ナリアは少しだけ心配になった。もっとも、当のマチスの方はナリアのだらしない私生活に呆れているのではあったが、姉をあらゆる意味での先輩として慕っているのが本当のところである。
 コーネリア姉弟が冗談話を続けようとした矢先だった。艦内の警報が鳴り始め、メカマン達の作業の手が止まった。艦内放送があるかも知れないからである。
『ティルヴィングの後方から敵MS隊が接近中、数は4、フランベルジュ隊発進せよ、繰り返す、フランベルジュ隊発進せよ。』
 ナリアは口笛を吹いて、両手の掌同士をぶつけあって心地よい音を立てさせた。これでナリアの緊張のスイッチが入ったようだ。
「やっぱり来たか、マチス、アルツール、判ってンだろうね?」

 ティルヴィングのブリッジも、エストック隊出撃から間髪を入れず、緊張が連続していた。1分が30分くらいの長さに感じられるような、時間の感覚の狂いが支配していた、
「後方からと言うことは、制圧部隊の母艦じゃないな、増援だ。敵母艦の位置、判るか?」
「索敵可能範囲に敵母艦の姿ありません。」
「引き続き観測班には索敵を続けさせろ、母艦はそう遠くないぞ。」
「了解」
 ログナーがミカ・ローレンスに指示を出し終わると同時に、カタパルトデッキにリックディアスが出現した。すかさずキャプテンシートの肘掛け部分にあるコンソール端末から通話機を取りだした。
「コーネリア中尉、敵母艦の位置が判ったら知らせる。とにかく今は敵MSを阻んでくれ。」
「ま、そっちよりこっちが先に見つけると思いますがね・・・ナリア・コーネリア、リックディアス出るよッ!」
 勢い良く、リックディアスがカタパルトから射出され、続いてネモ2機が出撃した。ログナーはそれを見届けてから、ため息をついた。制圧後を想定した増援にしては、早すぎる。恐らく制圧部隊としての増援なのだろうと思う。敵艦がタイミングの早いMSの出撃をさせてきたと言うことは、ティルヴィングの撃破そのものが本来の目的ではないと言うことだ。母艦のルートを確保するためか、母艦が迂回するための時間稼ぎかのどちらかであることは、まず間違いはないだろう。
 ここでログナーは、決断を迫られたことになる。フランベルジュ隊をティルヴィングに近い距離に固定すれば、恐らくティルヴィングは無事に済むだろう。しかしそれでは、うすうす敵艦を見逃すことになる。もうひとつの選択肢は、ティルヴィングの防衛を考えずに敵MSを排除した後に母艦を探すことである。しかしこの選択肢には、リスクがあった。それは敵の増援の規模である。増援が多いに越したことはないのだが、戦力をサイドひとつひとつに削ぐ余裕がネオジオンにあるかどうかを考慮すると、躊躇せざるを得ない。
 ログナーにしろファクターにしろ、そしてショール・ハーバインにしろ、クレイモア隊には攻撃的な戦術を状況に応じて使っていくことを好む将兵が多い。攻撃的というひとくくりのカテゴリーでいえば、後者の選択の方がより攻撃的であると言えたが、根拠のない攻撃的戦術などは無謀である。あくまで守備の準備を充分にやった上で攻撃に比重をかけた戦術を多用するのであって、防御を疎かにした攻撃ではない。
「ローレンス軍曹、”スクリメージライン500ショットガン”と伝えろ、それで判る。サミエル、ティルヴィング180度回頭、その後に全メガ粒子砲の照準を敵MS隊にピンポイント固定!」
「了解、コーネリア中尉、”スクリメージライン500ショットガン”!」
 まだリックディアスとティルヴィングの距離が短いため、通信は滞りなく届いた。
「了解了解・・・マチス、アルツール、距離500のラインを越えるな。ショットガンだ!」
「「了解!」」
 同時に復唱が返ってきたのを確認できると、ティルヴィングの後方に向かって進路を変更した。

 ナリア達がティルヴィングの後方500メートル地点に到着した時点で、目前にMS隊らしき光の群を確認することができたが、敵母艦の場所は確認できなかった。ショットガンというのはまず防御に徹して敵を阻み、母艦の艦砲射撃にあわせて散開、その後に攻撃に転じる戦術コードである。クレイモア隊独自の、アメフトの戦術を応用したものだ。
「敵部隊を確認、前に出るんじゃないよ!」
 ナリアは僚機の返事を待たず、3機の中の真ん中で機体位置を固定させた。あわせてマチスとアルツールのネモが左右につき、敵部隊の接近を待ちかまえた。1分も経たない内に敵部隊がかなりの近距離にまで接近してきていた。ここで機体に搭載されているコンピュータが、機体を識別した。照合結果は全てが、量産型のガザDであった。
「ガザ・タイプかいッ!」
 ナリアはMS隊の接近にあわせて、ビームピストルを連射しながら後退を始めた。敵部隊との距離を等間隔に維持し、混戦状況を作り出さないように努めていた。艦砲射撃の邪魔になってはならないからだ。2機のネモもそのナリア機との相対速度をゼロにして、並行していた。
「枕元でハエがうるさくっちゃさァッ!」
 ナリア機の射撃は、牽制であった。4機のガザDは小さく散開して、フランベルジュ隊を半包囲するような動きを見せた。練度の低い指揮官の取りそうな戦法だ。敵が密集していれば包囲して叩く、それはセオリーなのは確かではあるが、セオリーの使い方がなっていないとナリアは思う。セオリーというのは状況に応じて応用するためにあるのであって、そのままあらゆる状況で使えるものではない。
 ガザ隊の反撃は、4機という数から見れば少し攻撃の意思に徹底を欠く何かがあった。防衛MSには目もくれずに母艦を叩こうというのだろうか。確かに時間稼ぎとしては、正しい選択だろう。
「無視できる相手かどうか見極めもせずにッ!」
 更に前進してくるガザ隊にあわせて後退しながら、射撃を続けた。
「ここだ!」
「させねぇッ!」
 敵ガザ隊の右側をマチスが、左側をアルツールが射撃して、ガザ隊のこれ以上の散開を阻止した。
「よし、そろそろ高度を取るんだ、陰になるなよ」
 ナリアのタイミングの取り方は、絶妙だった。

 フランベルジュ隊が敵部隊の前進速度を弱めている間に、ティルヴィングは回頭して真正面に敵部隊を捉えられるような体勢を取ったばかりだった。
「艦長、敵MS隊への照準固定、完了しました。」
 ミカからの報告を受けて、ログナーはシートから立ち上がった。
「よォし・・・全メガ粒子砲発射、味方に当てるなよ!」
 ログナーの号令と同時に、船体の左右と正面にある全てのメガ粒子砲が、ピンポイントに照準を固定された状態で火を噴いた。ティルヴィングから伸びた巨大な火柱が、直前にやや上昇したフランベルジュ隊の下、敵ガザ隊の真正面から向かってきた。その艦砲射撃が避けきれなかった2機のガザDに直撃し、爆砕した。これでガザ隊の陣形は混乱を極めた。
「よし、散開して各個に撃破!」
 ナリアの指令が下り、マチス、アルツール両名のネモが左右に散って2機のガザDを包囲した。
「包囲陣形ってのはこう使うんだよ、判ったかッ!」
 ナリア機の射撃が開始され、その直後にガザ隊の左右からネモのビームライフルの雨が降り注いだ。こうして4機のガザDは一瞬で全滅した。恐らく指揮官は、ナリア達に艦砲射撃を軸とした防衛線に誘い込まれたのも知らずに、防衛のMSを突破して敵艦に肉迫したと錯覚していたのだろう。後方からの奇襲をしたと思って油断した敵がマヌケだったのだと、ナリアは吐き捨てるように言った。
「敵MS隊、全滅しました。」
「よし、フランベルジュ隊に周囲の索敵をやらせろ、母艦が近くにいるかも知れない。」
「了解!」
 言いながら、ログナーはシートに座り直した。この時ログナーは、敵増援の母艦を捕捉することはできないだろうと思っていた。

 傷だらけのエストック隊が帰艦してきたのは、フランベルジュ隊が敵艦を発見できずに戻ってきた直後だった。帰艦直後、愛機でエネス機を運んできたレイが接触回線を開いて、エネスに話しかけた。
「ヴェキって言ったっけ、アイツ。」
「あぁ・・・でも、声、突き、操縦のクセ、何もかもショールそっくりだ。どう言うことなんだ・・・」
「・・・エリナには?」
「言わない方が良いだろうな、今はまだ・・・」
 エネスは弱々しく答えた。レイは正直言って、こんなエネスは見たくなかったが、逆にそれだけの衝撃だったのだろう。ヴェキという男がもしもショール・ハーバインであったなら、エネスとショールはまたも敵対することになったことになる。それも、エネスがエウーゴ、ショールがネオジオンという皮肉な構図でである。それを信じたくない気持ちはレイにも充分に判ったし、第一ショールとしての行動というには説得力のなさすぎる部分が多かった。
「ショールはジオン軍の存在を、決して認めなかった。だからヤツはショールじゃない。よく似た人間が敵にいた、そう思うしかないだろう?それに・・・」
「それに?」
「いたずらにエリナを哀しませるだけだ。」
 言ってエネスは、通信を切った。その直後、エネスは両手で頭を抱えた。レイにはああ言ったものの、自分の親友の声を誰が間違えるというのだろうか。エネスは間違いなく、ショールの面影をあのシュツルムディアスに見たのであった。


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