第05章 結 末(前編)

 宇宙世紀0088年2月15日、その日に起こった出来事を、エネス・リィプスは二度と忘れないだろう。エネスは、悪夢を見た・・・いや、夢ではない。現実としてエネスの乗るネモの目の前には、頭部だけが綺麗に弾け飛んでいるリックディアスの姿があるだけだった。そのリックディアスに乗っていたのは・・・エネスの脳裏には、これまでの戦闘の記憶がフラッシュバックしていた。

 ティルヴィングからのアクシズ巡洋艦シンドラへの攻撃の第一陣として出撃したファクター、ショール、レイ、そしてエネスの4人は、目の前にシンドラの姿が映し出されるのを確認していた。シンドラは、今まで迎撃の気配は見せなかった。だがここで油断をするわけにはいかない・・・エネスは慎重にシンドラとその周辺を凝視していた。相手のエースパイロットの存在を考慮すれば、ここまで何もしてこないシンドラの姿勢が、むしろ不気味に感じられた。伏兵が付近にいるかも知れないとエネスは考えたが、相手にそんな余裕を許しているようでは、この強襲作戦は失敗したも同然でもあったので、エネスは警戒だけは怠らない程度にしていた。
 レイがシンドラから発進してくるMSを確認したのは、エネスがそんな想いを抱いていたその時であった。すかさずレイから各機に通信が送られる。それを受けた後、エストック隊とエネスは素早く散開した。ファクターは左、レイは右、ショールとエネスは中央を突破する布陣である。
 出てきたMSは4機・・・4対4と数は同数ではあったが、質の面を考慮するとシンドラ側の劣性は目に見えていた。それでも出撃せざるを得ないのが、今のクローネという男の辛い立場である。だが目的達成のために、今この戦場で死ぬわけにはいかない・・・その意識は、ショール達やクローネに共通していた。

「いいか、散開するな、シンドラの離脱が最優先だ。こちらが戻れるギリギリまで時間を稼ぐぞ。」
 クローネはガザC3機に指示を出して、自らの機体を先頭に出した。代わってガザ隊がシンドラのすぐ前に位置づけ、エストック隊から距離を置いた。
「いくぞ、ショールとやら!」
 この宇宙で極端に目立つ真っ白いカラーリングを施すなど、バカにして・・・やや苛立った心境を隠さず、クローネはその目立つ機体を狙って、射撃を開始した。
「来たな、赤いの!」
 左右に水平移動をして、ショールの『死装束』は攻撃をかわし、すかさず反撃した。ターゲットであるシンドラはレイとファクターに任せるしかないと、ショールは判断していた。この3度目となった対決に専念すべきだと、エネスも思っている。そのエネスはショール機の右に並行して進んでおり、前回とはフォーメーションがまた異なっていた。その位で迷うクローネではないが、流石にやり手のエース2人と正面からやり合うほど、自信過剰でもなかった。
 相互のビーム攻撃は不発に終わり、このままいけば2対1の近接戦闘となる。クローネは、それは避けたかった。自機を上昇させて、上から2機のMSを見下ろすようにしながらビームピストルを照準を定めずに乱射した。センサーの感知よりも、クローネのほうが一瞬早く敵を捕捉していた。
 急上昇をかけられて目標を一瞬モニタから見失ったことが、ショールの反応を遅らせた。その時に、クローネの射撃の行動に即時に反応し、ショール独特の回避運動を再現した。右回りに、まるでコマのようにクルリと回避した。
「なんだ、今の回避運動は・・・」
 クローネは初めて見るショールの回避運動に、絶句した。宇宙空間は当然ながら重力がないので、MSは移動時は歩兵がほふく前進をするような格好で、宇宙を滑空する。脚部スラスターを有効に使うためである。機体の中心、つまり頭部を回転軸として、その状態から右回りに回転し、しかも回転しながらもバーニアと機体に働く遠心力を巧みに使って回転軸をずらしながら、反撃してきた。
 実際はショール機に搭載されているシステム”グングニル”が正常に作動した結果ではあったのだが、その回避運動のデータは操縦者であるショール自身のものだ。ショールの反応が遅れはしたが、システムの起こした回避運動の初動にショールは寸分の狂いもなく反応し、回避運動に移った。ショールはグングニルに感謝した。
 ショールも、そしてクローネも、相手の反応速度が尋常ではないと悟った。
(プレッシャーも持ってないヤツが、こんな反応を?・・・危険だ、エウーゴには危険すぎる力だ・・・)
 クローネは生まれて初めて、戦闘においての極度の緊張状態を経験した。経験には良い経験と、そしてしない方がよい経験の二種類がある。これは後者だと、クローネは本能的に察した。
「利用させてもらおうと思ってたが、気が変わったッ!」
 連邦という体制に取り込まれた力が、今後どの様な障害になるのか見当もつかない。思ったクローネは、ついに本気になった。これまではエウーゴは連邦を変革していくのに、一番近道にある組織であった。だからクローネはエウーゴへの手出しに関しては、極力手を抜くようにしていた。だが、今度ばかりは違う。クローネは更に距離をとって、ビームピストルを背部にマウントさせた。その代わりにビームサーベルを抜き放つ。

 その頃、ファクターとレイはシンドラの前の陣取るガザ隊に、攻撃を仕掛けていた。
「いくぞ、オープンアタック!」
「了解!」
 ファクターの指示で、2機のリックディアスは左右に分散して、外側から3機のガザCを挟撃する体勢を取った。
「オラァッ・・・どきやがれッ!」
 右から挟み込むように、全速力で移動する。それに併せてレイ機も左から同じ速度で展開していく。練度の低いガザ隊のパイロットは、その迅速な2機の動きに対応しきれず、ただ密集しているだけだった。
「あらま、こいつら素人ッ?」
 レイは、まだ練度が低かったティターンズとの戦いを思い出していた。その時のレイ自身もそれほど練度が高いとは言えなかったが、宇宙での戦闘を全く知らないティターンズの兵士が相手では、少なくとも1対1では負ける気はしなかった。今のレイの実力を考えると、その時よりも今この時の方が実力差は歴然としている。しかしレイは過信をしているわけではなかった。エネスやショール、ファクター、フェリスなどのエースとやりあってきたので、過大評価とは無縁でいられたのである。
 ファクター達がそうしている間にも、シンドラはどんどんと前に進んでおり、一刻も早くこの場を離脱しようと言う意図が明確に、2人にも確信できていた。だからこそ、この3機のガザCを排除しなくてはならない。
 ファクターがガザCの1機を即座に屠ると、レイもそれに少し遅れてガザを撃墜していた。
「大尉、ここはオレがやります!」
「判った、お前もさっさと来いよ!」


 クローネのかつて無いほどの殺意と呼べる意思は、機体を何かしらの形で覆い始めた。ショールやエネスも、その輪郭を察知した。
「・・・・・・・!」
「なんだ、これは・・・!」
 それは、無形(むぎょう)の強風とも言うべき”何か”であった。実際の相互の距離は何も変わっていないが、機体が押し流される・・・そんな錯覚に陥った。自然と汗が背筋を冷やしていく。
「やばい、そうとしか・・・」
「あぁ、威圧感というか、違和感というか・・・仕留めるぞ、ショール!」
 そして、それは一瞬の出来事だった。一瞬シュツルムディアスの姿が右に動いたかと思うと、瞬時にして左へと方向を変え、向かいのエネス機へと突進を開始してきた。それは、信じられないほどのスピードだった。
「エネス!」
「判っている!」
「フンッ」
 上から切り込んだクローネと、水平に斬り払ったエネスのビームサーベルが重なり合って、サーベルから発せられるIフィールド同士が干渉しあい、弾かれた反動で2機の距離が離れた。
「左からなら対応できないだろうッ!」
 シュツルムディアスの左から、ショール機がサーベルを振りかざして突っ込んできた。クローネ機は右手にサーベルを持っており、左からの切り込みには対応が送れることを予測した上での突進だった。
「・・・ムッ!?」
 咄嗟に、クローネは左足をショール機の頭部めがけて、回し蹴りの形で蹴りを繰り出した。
「・・・・・・!」
 ショールも、そしてグングニルも流石にこれには反応できなかった。蹴りは『死装束』のコックピットのある頭部にクリーンヒットして、頭部が弾け飛んだ。
「ショォォォォォォォルッ!!」
 目の前でショール機がコックピットを破壊されたのを見て、エネスは今までにないほどの音量で叫んだ。それは無意識で、エネス自身目の前で起こったことが何だったのかを認識するのには、数秒の時間が必要だった。そしてその数秒は、クローネに付け込む隙を与えた。
「次はお前だ!」
「なに!」
 すかさずクローネ機が再び、サーベルを振りかぶってエネス機を攻撃してきた。エネス本人はそれに反応したが、ネモという機体ではその反応にはついていけず、右腕と右足に直撃を喰らった。
「く・・・」
「・・・そろそろ潮時だな・・・」
 クローネはエネスの追撃の芽を摘み取った事を確認すると、ガザ隊に向けて撤退信号を発射した。そのガザも残り1機しかなかったが、交戦をやめて変形して、シンドラの方向へと移動を開始した。その時に、クローネは自機の目の前に白いリックディアスのはじき飛ばされた頭部パーツの残骸を見つけていた。
「・・・・これは・・・丁度良い、足りなくなった頭部パーツの足しにさせてもらうか。」
 自機にそれを回収させると同時に、撤退を開始した。
「ショール・・・ショール、いないのか、応答しろ!頼む、応えてくれ・・・弾き飛ばされた時に脱出したんだろ?応えろ!」
 エネスは必死に親友の名を叫び続けた。自身でも返答がないことは予想できていたが、叫ばずにはいられなかった。だから叫んだ。叫びながらもエネスは、自機に残された左腕から緊急を示す信号弾を発射して、ファクターとレイを呼び戻した。

 ショール機撃墜という事態が起こったこの時、地球を挟んで反対側にあるサイド7の手前の宙域では、また別の戦闘が開始されようとしていた。そこはかつてゼダンの門と呼ばれた宙域で、コロニーレーザー、ア・バオア・クー、そしてグリプス1の要塞があった所でもある。しかしコロニーレーザーはサイド2へと移動し、ア・バオア・クーはアクシズとの衝突で壊滅した。ここにあるのはグリプス1の要塞しか残っていない。そのグリプス1を肉眼でも確認できる距離にまで接近している艦があった。ニューデリーである。
 そのMSデッキでは、ニューデリー隊に属するパイロットが3人、フェリスのバーザムの足元で額を寄せ合っていた。
「で、ここからどうやってモートン少佐を救出する?」
 切り出したのはフェリスであった。
「お前は少佐の顔を知らないし、ラファエルひとりに潜入させるわけにはいかない。それに、防衛部隊を引きつける囮も必要になる。まずはその割り当てだ。ここに来て確信したけど、やはり防衛戦力は皆無に等しい。囮はフェリスのバーザムに任せて、オレはラファエルのマラサイに同乗して潜入する。」
 クラックがそうフェリスに応えた。元々この作戦自体が自分の言い出したものであったので、最も大事な役割は自分が行うべきだと、クラックは主張しているのである。
「ではオレはグリプス到着後、どうしたら?」
 ラファエルだ。
「フェリスの状況次第だな・・・ザコの1小隊程度ならフェリスひとりで充分だろうけど、念のためだ。入口で待機して、フェリスに加勢しろ。フェリスは敵を排除したら、ニューデリーまで戻れ。万が一のために戦力は少しでもあった方が良い。」
「わかった。」
「了解。」
 クラックの提案に、2人は頷いた。

 10分もしないうちに、2機のMSがニューデリーからグリプスに向けて発進した。ラファエルのマラサイのコックピットに同乗したクラックは、既に腹を決めていた。実際に戦力を見たわけでもないし、情報があるわけでもない。だがここに必要最低限以上の戦力の存在など、あり得ないと判断していた。問題は潜入した後である。モートンが幽閉されているという話は、実はかなり以前からクラックの耳に入っていた。その情報発信者はクラックの知らない人間であったので、情報の信憑性は怪しいものがあった。だがクラックはこの時期にそのような情報をもって謀略としてもそれに意味を見出せなかったので、それを信じることにしたのである。ただ、その情報にもグリプス内部の何処にモートンがいるのかは含まれていなかったので、それらしく場所を探していくしかない。こればかりはクラックも頭を抱えざるを得なかった。
 結果的に、クラックの判断は半分正しかった。グリプスのすぐ側まで来てようやくジムIIとハイザックが3機ずつ出てきただけであったが、だけとは言ってもこちらの戦力はバーザムとマラサイが1機ずつ、しかもマラサイの方はグリプスへの侵入を果たさねばならない。実力差以前に、戦力の差は大きかった。
「ラファエル、急げ!!」
「判ってる!」
 クラックは少し焦った。少ないと入ってもあれだけの規模の基地だ。最低限の規模がいち艦艇とは決定的に違うものだと、この時に思い知った。
「よし、こっちに来い!」
 フェリスはマラサイの前に出て、グリプスの防衛部隊の前に立ちはだかった。すぐにビームライフルを乱射する。この射撃は攻撃のためではなく、相手の注意を自分に向けさせるためである。
 フェリスの行為は無駄に終わることなく、ハイザックとジムIIの部隊は全て、フェリス機に向かってきていた。そこにマラサイが突破するスペースができた。
「今だ!」
 クラックが叫ぶ前に、ラファエルが自機を全速力で進撃させていった。
「・・・私達の戦い、か・・・頼むぞ、クラック」
 フェリスはマラサイを見送った後、すぐに回避運動に入った。

 この時のクラックは、自分が尊敬する人間がどの様な事態に巻き込まれているのか、知る由もなかった。後にクラックは、それで苦悩することになる。

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