第20章 エネス、出撃(前 編)

 宇宙世紀0087年8月、ティターンズのフォン・ブラウン占領作戦は失敗に終わりはしたが、ティターンズの権威が連邦軍最大のものとなった今、更なるティターンズの暴走が始まろうとしていた。暴走という言葉は、その当人が暴走していることに気付かないことにこそ、その恐ろしさがあると言っても良い。

 日付が8月18日になって間もなく、ティターンズのアポロ作戦艦隊との合流ポイントであるサイド4手前200kmにある宙域に、ニューデリーが到着した。そしてニューデリーが合流してから2時間後に、アレキサンドリアとニューデリーを残して、他の艦艇は合流直後にゼダンの門へと帰還のコースを取った。
「貴様等が殿を努めて貰ったおかげで、我々は次の行動に移れる。」
「次の作戦と申しますと?」
 哨戒を終えてブリッジに上がってきたクラックの横で、キャプテンシートに座っているフェリスは、身を乗り出してジャマイカンに言った。
「アレキサンドリアとニューデリーでサイド4のコロニーを一つ徴用して、移送する。」
「はぁ・・・また軍事拠点でも作るので?」
「グラナダに落とす。」
「・・・・!?」
 フェリスには、ジャマイカンの言っていることの意味が、即座に理解できなかった。それはクラックにしても同じである。
「コロニーを・・・コロニーを月に落とすと申されるのですか?」
 (正気か?)フェリスは心の中で付け加えた。月の大きさなど、地球に比べるべくもなく小さい。その地球ですら一つのコロニーの落下で地軸は僅かにゆがみ、世界中に異常気象をもたらした。それを月で行おうと言うのは正気の沙汰ではない、少なくともフェリスにはそう思えた。
「この無意味な内戦を終わらせるには、グラナダを潰しておく必要がある。月が宇宙の中心であることくらい判るだろう?」
「・・・・なるほど。で、ニューデリーは何をすればよろしいので?」
「コロニーの直衛はアレキサンドリアで行う。ニューデリーは常にコロニーの周辺半径75km地点を周回しながら、周りの索敵を行え。」
「・・・了解。」
 フェリスはただ復唱した。ジャマイカンの言葉はフェリスに反論を許さない語気があった。エリート部隊とか色々もてはやされているティターンズも、実態はこんなものか・・・落胆はもうしなかった。ティターンズとはこういうものであると自分の置かれた状況に慣れてきたのである。慣れとは恐ろしいものだ、フェリスは思う。

ジ ャマイカンがティターンズの名で正式にサイド4からコロニーの徴用を行ってすぐ、核パルスエンジンが点火された。サイド4宙域から月までは通常航行ではおよそ4日の行程だが、コロニーを運ぶとなるとそうは行かない。2日は余分に考えておくべきだろうとジャマイカンは判断していた。しかし、この時にはパプティマス・シロッコが密かに部下をアーガマへと送り込み、この作戦の情報をエウーゴにリークさせていた。そのシロッコの思惑を、ジャマイカンもフェリスも察することは出来なかった。そのコロニー落とし作戦の情報を聞いたとき、エウーゴ参謀本部の首脳達は、その情報をにわかに信じることは出来なかった。それは参謀本部の面々だけではなく、エウーゴの誰もがコロニー落としというあまりに非常識な作戦を信じられなかった。

 8月23日、クレイモア隊旗艦ティルヴィングは、フォン・ブラウン市の奪回作戦の支援任務を終えてからはいつものようにグラナダベースで待機していた。クレイモア隊は他の部隊と違い、決定的な成功を要する作戦あるいは緊急時くらいにしか出動命令が出ない。グラナダにコロニー落とし作戦の情報が入ってからも、グラナダベースの雰囲気は変わらなかった。コロニー落としなどただの脅しか他の作戦の陽動に決まっているというのが、全体の見解であった。参謀本部にあるロレンス大佐の執務室に、ログナーの姿があった。
「ログナー中佐、参りました。」
「うむ、緊急の任務だ・・・」
「コロニー落とし作戦の阻止ですね?」
「そうだ。参謀本部のお偉方は脅しだと思っている。これまでさんざん奴らのことを見てきて、今更これだよ。奴らはやる。アーガマはまだ本部と情報の信憑性について話し合っている状態だ。急を要する事態だというのに、時間をかけているヒマなど無い。そこで君たちには参謀本部からの命令による正規の行動としてではなく、正規の部隊に属さない遊撃部隊の独自の判断として、すぐに出動して貰う。」
「本部からの命令ではなく、独断で行えと仰るのですか?」
「そうだ、責任は私が取る。それに独断での作戦行動は責任を追及されない。追求されるときはコロニーがグラナダに落ちたときだろうな。心配せずに行ってくれ。」
 ロレンスのその言葉を聞いて、ログナーは逡巡した。アーガマがエウーゴの旗艦である以上、本部の決定無しに作戦行動を行うわけにはいかない。それに対してクレイモア隊は正規の任務に属さず、ある程度は独断で作戦行動を行う権利が認められている。正式な阻止命令が出されるのを待っていては時既に遅く、コロニーは月へ落ちているだろう。その遅すぎる正式命令がでるとしたら、月に落ちるコロニーを如何にグラナダから遠ざけるかと言うものになり、どのみち月にコロニーが落ちるという事実に変わりはない。コロニーの進路上に部隊が配置されていないとすれば、一番速くコロニーに接触できる可能性があるのはティルヴィングなのである。そう思うと、ログナーは肝を据えた。
「解りました、すぐにクレイモア隊は月を出発します。」
「頼むぞ・・・それとエネス・リィプス大尉の事だが、正式に配属が決まるまでは君に預けておく。」
 敬礼して、ログナーは急ぎ足で退出した。それを見送ったロレンスの表情は、先程のものとは違っていた。
「伝染病患者は隔離するに限る、か・・・」
 ロレンスは執務用デスクにある通信端末に手を伸ばした。

 ログナーが戻って1時間後に発進準備を終えたティルヴィングが、グラナダ付近に待機していたアーガマに先駆けてグラナダを出発した。その時になってアーガマはようやく出撃許可を得て、準備をしている最中であった。つまりティルヴィングは、アーガマよりも1時間ほど早くコロニーに接触できることになる。この切羽詰まったときには、1時間という時間の有無で状況は大きく変わり得るかもしれない。ログナーの緊張は小さくなかった。
 クレイモア隊はその存在を高級幹部クラス以外の味方にはほとんど知られていない事と任務の独立性が、敵への情報漏洩を最小限にしていたが、恐らく今回でその姿はティターンズの前で公になる。ログナーにはそれが気に障った。ティターンズとの戦闘がこれから激化していくというのに、存在をハッキリと知られるには時期が早すぎると思えた。もっとも、グラナダにコロニーが落ちてしまったら元も子もないので、アーガマや他の部隊で間に合わないと言うのであればやむを得ないのだろう、ログナーはため息をついた。

 グラナダを出て日付は8月24日に変わった。ログナーはクレイモア隊の主要メンバーをブリーフィングルームへ召集した。無論、これから行うコロニー落とし阻止作戦の詳細についての詳細を決めるためである。ブリーフィングルームにはクレイモア隊の主戦力であるエストック小隊とフランベルジュ小隊のパイロット達、そしてチーフメカニックであるエリナ・ヴェラエフの姿もあった。エリナがブリーフィングに参加するのが初めてであったが、今回は状況によってはエリナが必要になる可能性が高い。だからログナーはエリナも呼んだのである。
「本部隊はこれより、ティターンズのコロニー落とし作戦を阻止する為に、ティターンズが移送しているコロニーを奪取する。」
 ログナーがまず宣言する。口調はいつもの通り、静かながらも何かしら迫力を感じる。
「今回チーフメカニックであるヴェラエフ曹長に来て貰ったのには、理由がある。これから順を追って説明する。サイド4から移送されてくるコロニーは予想になるが、このままいけば1時間後つまり0130時頃に接触できる。コロニー防衛の戦力は未定だが、その規模の大小に関わらずこれを強行突破する。」
 ログナーの発言に、少しだけではあったがざわめきが上がった。無理もないかも知れない、単艦でそこまですることなど常識では考えられないからだ。しかし、ログナーには目算があった。
「防衛の戦力が多ければ多いで、付け入る隙がある。ぴったり引っ付いた防御でも、100%の防御などあり得ない。コロニーが直進してくる先からこちらも真正面から全力でコロニーに接近、コロニー管制室にヴェラエフ曹長を潜り込ませて、コロニーの進路を変更する。その際敵の機動部隊は相手にするな。ヴェラエフ曹長は、ハーバイン中尉の機体で輸送する。エストック小隊はハーバイン機を護衛、フランベルジュ小隊はティルヴィングの護衛だ。ティルヴィングもコロニーに向かって突撃する、護衛と言っても実質は突撃の第二波となる。フランベルジュ小隊はティルヴィングの保全を最優先しろ。」
 ログナーがエリナの輸送役にショールを選んだのは、別に恋人だからとかそう言う基準からではない。『死に装束』はクレイモア隊で最も平均損傷率が低い機体であり、クレイモア隊の中でも最も機動力のあるMSでもあるからだ。だから他の人間達も、その人選は当然だと思っている。ログナーの説明が一通り終わった頃には、一同のざわめきはなくなっていた。単艦でコロニーに急襲すること自体が無茶な作戦なのである。それを成功させるには、こういった無茶な方法で実行するしかない事が、皆にも理解できたからだ。そしてブリーフィングは終わった。


「いよいよコロニー落としの阻止か、話がでかくなってきたな・・・・」
 「死に装束」のコックピットで、ショールは発進前の最後の調整をしているエリナに聞こえるような独り言を吐いた。仕事中のエリナを邪魔しないようにとの配慮と、自分の考えを口に出さずにはいられないショールの性分とがこめられていることは、エリナには解っていた。
「でも、出来ると思う?」
 エリナは作業の手を休めていない。コンソールのリターンキーを押すと、プログラムチェックが完了したことを知らせる表示が、画面に出ていた。
「問題はコロニーに取り付けるかどうかだな。」
「あと取り付けたにしても、ホントに間に合うかどうかよね?」
 全ての作業を終えたらしく、エリナは言った後に手を休めて、ため息をついた。
「こうしている間にもコロニーはこっちに来てる、間に合わないかもな。勿論ティターンズの好きにさせる気はない、オレ達の当面の敵はティターンズだ。全力は尽くすさ。」
「そうね、でもこんな戦いで死んじゃダメよ。」
「そのつもりはないさ。死ぬときはエリナの胸の中で死にたいね。」
 ショールは本気でそう思う。ショールにとってエリナという女性は最大の理解者であり、親友であり、そして永遠の恋人である。一緒に死ねとは言わないが、せめてその女の見ている前で死にたいと思う。だからショールは戦いで死ぬことをなにより恐れる。そして、その恐怖感がショールにあの回避運動をさせるのである。
「ティターンズは強化人間まで実戦に投入していると聞くわ。そんなのが相手だったら・・・」
「オレはニュータイプじゃない、だけどそんな『人間の出来損ない』に負けるつもりはない。負けそうならすっ飛んで逃げてくるさ。」
 ショールは声をたてて笑い、エリナも苦笑する。ショールは無敵ではないが、負けても生きて帰ってくる・・・ショールの目はエリナにそう信用させる何かがあった。

「月の占拠が出来ないからコロニーを落とそうなんて、ティターンズって安っぽい連中なんだねぇ。」
「奴らは机上の論理で動いてますからね。エリートなんてそんなもんでしょ。」
 レイはレイで、整備が既に完了している自機の足元でナリアと話し込んでいた。レイは戦闘前にと受け取ったドリンクの入ったチューブを、一気に飲み干した。パイロットスーツというのは短時間だけでも着用しても意外と汗が出る上に、宇宙空間では体液の流出が重力下でいるよりも多い。付け加えて、緊張で喉が渇いていた。レイのような図太い神経の持ち主でも、クレイモア隊に配属されてからは緊張しない任務の方が少ない。ナリアとの会話にしても、なんとなく乾いた雰囲気があるとレイには思えた。
「自分で手を汚さないから、人の命なんて数字でしか考えられない、か・・・もっとも、そりゃエウーゴだって同じだろうけど。」
 ナリアとて、一年戦争から現場で生き抜いてきた戦士である。戦争をしているからこそ、人の命の重さを痛感したこともある。傍観者でしかない中立と言う曖昧な立場のコロニーの人間には、解らないことだ。ナリアもエウーゴの中でもどちらかと言えば主義者と言われる部類に入る人物である。しかし、スペースノイドの全てを無条件に守ろうという気概が無いことも確かだった。戦争の被害から逃れることだけを考えて、戦争が終わった後になって勝者に媚びを売る、そう思える姿勢がナリアは気にくわなかった。自分の手を痛めぬ事から、未来に何を見出せるのか?それはナリアが誰にも口にしたことのない、心の中の燻りである。
 レイは普段はおどけているが、自分のしたいことや自分のすべきことをハッキリと正直に認識できる人物だと、ナリアは思う。そういう自分の責任を認識している人物は、好感が持てた。

 それからおよそ40分が過ぎた頃、ティルヴィングのブリッジで動きがあった。
「艦長、観測班より連絡!移動中のコロニーが前方11時の方向にて肉眼で確認!」
 ミカ・ローレンスが威勢良く第一声を上げた。いよいよと言う空気が一瞬にしてブリッジ内に浸透していく。コ・パイロットのアルドラが艦内に警報を鳴らすように操作した。それを満足そうに見たログナ−も、指示を出し始めた。
「よしッ、第一種戦闘配備!MS隊発進準備!ローレンス、コロニーとの距離は!?」
「約90km!」
「最大船速から第一船速に移行・・・護衛艦隊が迎えにくる、索敵を入念に行え。メガ粒子砲をいつでも撃てる状態にしておけよ。」
 冷静に、静かに、そして厳しい口調でログナーは艦内に指令を出していく。ブリッジクルーは次々と出される指示を聞き逃すことなく、効率よくこなしていった。
「コロニーまで80km、右2時の方向から敵艦1接近!」
 ミカの報告を聞いて、ログナーは次の指示を出した。
「MS隊発進準備。フランベルジュ隊から射出、まずは本艦の護衛に出せ。1分後にエストック隊を射出、フランベルジュに発進の援護をさせろ!」
ログナーは接近している艦が一隻しかいなかったことに少し疑問を持ったが、すぐに決断していた。

 艦内に警報が鳴りだした途端、MSデッキにいたクルー達の動きも慌ただしくなった。今回はいつものようにエリナがクルーを怒鳴り散らしている光景は見られない。そのエリナはショールのリックディアスのコックピットの中だ。代わりにメカマンの1人であるアーカンソー軍曹が他のメカニック達を叱咤して、MS隊射出の準備を急がせていた。
「ハーバイン中尉、フランベルジュ射出1分後に出撃です。コロニーは正面11時方向、右舷2時方向に敵艦1・・・・頑張って下さい!」
 ミカが忙しい中でもそう言うちょっとした気遣いのある台詞を言えたことは、ショールやエリナにとってはどこかしら心強かった。無能な味方ほど怖いモノはない。ティルヴィングにはそう言う心配とはある程度無縁でいられると言う安心があったので、ショールやファクター達は気兼ねなく戦えるのである。
「了解、エリナは必ずコロニーに連れていくさ。」
 ショールも右手の人差し指と中指をあわせた後、敬礼するようにヘルメットに密着させた。その表情はいつものショールだ。不敵な余裕を失っていない、ショール独特の複雑な表情である。
「ナリア・コーネリア、出るッ!」
 クレイモア隊の第一陣であるフランベルジュ隊が、ナリア機を筆頭に出撃していった。フランベルジュ隊は射出された後すぐにティルヴィングのすぐ周辺へ配置についた。配置と言ってもティルヴィングは第一船速で進んでいるから、フランベルジュはその場に留まっているわけではない。相対速度をゼロにして、併走しているに過ぎなかった。

 移送中のコロニーから約75km地点を周回しつつ索敵を行っていたニューデリーもまた、接近してくる艦艇を捕捉していた。
「前方2時方向から所属不明の艦艇1!」
「所属不明?バカを言うな!総員警戒配備から第一種戦闘配備に移行!クラック隊に出動命令!」
 オペレータの報告はフェリスにとって予想通りではあったが、同時に複雑な心境でもあった。正直言えば、コロニー落としのような作戦などいっそ阻止して欲しかった。しかし、立場上何もしないわけにもいかないのが、辛いところだ。この作戦にはそれだけ気合いを入れる価値を持たない、クラックもフェリスも思う。それでも・・・フェリスは考えた。ここで露骨に失敗したらティターンズで良い笑いモノだが、戦果を挙げておけばティターンズに一杯食わせられる。厄介者扱いしてきた上の連中に皮肉たっぷりのお礼が出来る、そう思うと作戦云々などよりもとりあえず戦おうという気が沸いてきた。
「バーザムの準備はできているか?」
 シートのコンソールでMSデッキの整備要員を呼び出して、フェリスは尋ねた。
「はい、新型と言っても主力量産機候補ですからね。手間はかかりませんでした、準備出来てます!」
「よし!状況によっては私も出る、いつでも出せるようにしておけ。」
「ハッ」
 連絡を終えて、フェリスはキャプテンシートから降りた。一方、警戒態勢であったため発進準備をすぐに終えたクラックは、愛機であるマラサイのコックピットの滑り込むとすぐに通信モニタを開く。
「艦長代行、状況を!」
「エウーゴの戦艦が一隻、こちらに向かっている。コロニー落とし阻止のためにMS隊が出るぞ。」
「一隻?こんな事を一隻でやろうとする部隊は一つしかない。奴らだ・・・ニューデリーをぶつけるくらいの覚悟でやらないと、ミスるぞ?」
 クラックはそう言うと、ヘルメットのバイザーを降ろした。
「・・・・とにかく敵艦を攻撃しろ、もし奴らなら戦力面で勝ち目はない。相手をとにかく撤退へ追い込むんだ。状況によっては私もバーザムで出る。」
 2人の言う『奴ら』とは言うまでもなく、クレイモア隊である。ニューデリーという艦が今までに何度も出くわした、実態不明の部隊である。エウーゴから連邦内部を通じての情報網にも、この部隊の情報はなかった。ただ、ティターンズ内部では、ニューデリー隊が最もクレイモア隊について詳しかった。白いリックディアスの存在、集団戦法の強さ、灰色の戦艦、そしてエネス・リィプス・・・フェリスはともかく、クラックは何度も苦渋を味あわせられた敵だ。だからといって、クラックはクレイモア隊やショール、エネスを恨んでいるわけではない。クラックはただ、自分を高めて世界を動かしたいという願望のために戦ってきた。自分に納得できない限りはまだ死ねない、まだエネスの元で学びたい、それが今のクラックをかき立てるのである。例えエネスが敵であったとしても、そこから学び取ることは出来る。
 命懸けだが、そうでなくては学び取れない事もあるだろう。だから、クラックは出撃した。クラック隊が出撃したのは、丁度フランベルジュ隊がティルヴィングから出撃したのとほぼ同時だった。3機のマラサイは前方にある敵艦めがけて、一直線のコースを取っていた。距離にして、もう数十キロもない。フランベルジュ隊がティルヴィング周辺に配置したときには、既にナリアのリックディアスを射程距離内に捉えていた。

 月を出発してから今まで何の指示も与えられなかったエネス・リィプスの姿は、MSデッキにあった。保護観察はログナーの意思によって月から出発するときに既に解かれていたが、正式はパイロットとしての配属を見ないままMSデッキに留まっていた。ノーマルスーツ代わりに、ティターンズで着ていた黒いパイロットスーツを身につけていたが、誰も気にとめなかった。発進していくショールのリックディアスを眺めて、エネスはただ黙っているだけだった。


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