第08章 挟 撃

 UC0087年5月10日、クレイモア隊はルナIIから既に出撃したティターンズの第一次部隊を、ジャブロー降下作戦予定宙域手前150km地点で捕捉した。艦艇の数は5隻、いずれもサラミス改級巡洋艦であったがルナIIで十分な補給と準備を終え、MSを満載した状態であった。この5隻を、アイリッシュ級ティルヴィングは単艦で後背から追撃していた。予定では既に月から作戦実施予定宙域の安全を確保するため先発された部隊と協同して、敵部隊を挟撃できる予定であった。
 申し合わせなどをしなくとも、味方部隊は迎撃が任務なのだから、動いてくれるのは間違いない。ログナーはその動きを利用する事を思いついていたからこそ、ルナIIをすぐに出たのである。もっとも、あのままルナIIに長居していたら、第二次部隊の攻撃を受けてかなりの被害を受けたに違いなかった。

「敵部隊の母艦から艦載MSの発進を確認、しかし、こちらには向かってきません!」
 ミカがログナーに報告する。ログナーはそれを聞いて、頷いた。
「奴ら、オレ達に気がついてないな・・・MS隊発進準備!総員隊艦戦用意!!後ろから叩くぞ!敵MSを優先して叩け!味方の損害は出すなよ!!」
 ログナーは敵MSの動きがこちらではなく、前方にしか行かなかったの事が思惑とは違っていたが、冷静であった。この程度の誤差は計算に入っていたのだ。第二次部隊や月からの追撃隊の存在を考えると、味方の部隊には損害を出したくないのが本音である。クレイモアの力量ならば、数の差をある程度補えると判断していた。
「MS隊出ます!」
 コ・パイロットのアルドラが、艦長に報告する。通信士兼オペレータのミカが各MSに状況を説明している。
「現在敵母艦から発進したMSは、未だ前方に進行中!これを後背から追撃して下さい!方向は左舷11時方向、MSの数はおよそ25機、その内数機が艦隊の護衛に残っています。」
「了解だ。敵は多い・・・油断するなよ!」
 一番最初に発射態勢を整えたファクターは、ミカからの通信を受け取ってから、叫んだ。全MSから返答があるのを確認して、自機をMSカタパルトに乗せた。
「ファクター、でる!!」
 その後、次々とクレイモア隊の全MSがティルヴィングから射出された。続いて編隊を組む。エストック隊は左に、フランベルジュは右に、それぞれ展開した。機動力のあるエストックは自分たちのいる場所と敵の場所を直線に結んだルートを通るコースに入った。
 少しでもショートカットする必要があったから、敵の通った進路をわざわざ通ることはない。エストック隊はとフランベルジュ隊は、そのまま敵MS隊のいるであろう空域に向かって前進していた。5分と移動しないうちに、ファクター達はMSの交戦を目撃した。味方部隊と敵MS隊が戦っていたのだ。

「交戦を確認、敵MSは20を越えています。」
 レイはファクターに接触回線をつないで、現状を報告した。見たところ味方部隊の数は6機である。ハッキリ言って勝負にならない数的格差だ。ファクターは腹を決めた。
「突入だ!遅れんじゃねぇぞ!」
 ファクターはそう号令しながらも、ティターンズが何故一日速く侵攻してきたのだろうかと疑問を持った。次の瞬間には結論が出た。エウーゴの部隊が作戦予定宙域の確保のために先行しているであろう事は予想しやすかったから、その部隊をまず宙域から予定宙域から追い出して、その後にエウーゴ本隊攻撃のための橋頭堡を確保する事が目的だなと確信した。それならばこの戦力の大きさも納得がいった。
「エストック隊はこのまま突入だ!」
 ファクターが命令すると、ショール、レイのリックディアスはファクター機から離れた。フランベルジュ隊はエストック隊の後衛に回った。ショールはクレイバズーカを構えた。
「・・・・・!!」
 敵ジムIIの後ろから放ったバズーカの弾は、そのジムのバックパックに直撃し、爆発した。
「1機目!」
 敵のジムは4機ずつ、5つのグループに分かれていた。その内の一番左側のグループに、エストック隊は仕掛けた。ショールが先陣を切って、そのグループは後ろからの予期せぬ攻撃に隊列を乱した。
「よし!!」
 ファクター機、レイ機もそれに続いてクレイバズーカを発射した。こうして、エストック隊は敵ジム隊の一角を突き崩した。フランベルジュはエストックの後ろから回り込んでエストック隊の進路を確保するために右側に出た。
「このまま行けば!」
 ナリアは自機のビームピストルを2発放ち、ジムを撃破した。フランベルジュ隊も、敵ジム隊の後背からの奇襲に確かな手応えを感じていた。ティターンズのジム隊は左後方からの攻撃によって体勢を崩された格好になって、全機が後退する素振りを見せた。エウーゴのジム隊はこれまでの交戦によってそれなりの損害を受けたため、追撃せず周辺宙域にとどまった。それが彼らの任務であることは、クレイモア隊のパイロット達は承知していた。ファクター達の任務は敵機動戦力の殲滅であったから、更に攻撃を続けた。
「これからが勝負だ!油断するなよ!」
 ファクターは檄を飛ばす。数の上ではまだ向こうが上なのだ。

 レイは緊張していた。敵MSの性能云々の問題ではなく、ここまで多数の敵に囲まれたことが無かったからである。視覚から飛び込んでくるその多数の敵意に、圧迫感を覚えていたが、これまでなんとか敵の攻撃をかわし続けることが出来た。それはレイの技量という単純な理由ではなく、周りにいるパイロット達との連動が上手くいったからに過ぎない。
 手の汗が止まらないレイは、そんな自分を悔しく思い、クレイバズーカをビームピストルに持ち替えて連射した。ジムを撃破したのをその目で確認して、ようやく冷静さと持ち前の度胸を取り戻すことが出来た。その辺のスイッチの切り替えの速さもまた、レイのパイロットとしての素養である。クレイモア隊はその後15分間に渡って一方的な戦闘を繰り広げ、敵ジム隊はあえなく全滅した。

 マチス・コーネリアはクレイモアのMSの中では最後衛に位置していた。ナリア機が前進するのをネモのビームライフルで援護していたのだ。そのマチスは後方にある敵MS隊の母艦5隻が気になったので、後ろを見た。5隻のサラミスはMS隊が全滅したのを見ると、ティルヴィングの方向に回頭した。
「中尉!」
 叫んだが姉からの返事はなかった。ミノフスキー粒子の影響だろう。それに気付いたマチスは姉の機体に近寄って接触回線を開くと、再び叫んだ。
「コーネリア中尉!」
 接触回線で呼びかけて、ようやく返事があった。
「どうした、マチス?」
「敵母艦がティルヴィングの方向に回頭しています。」
「そうか、母艦を叩けばいいってのに、ようやく気付いたかい!」
「大尉にも連絡するんだよ!私とアルツールは護衛に戻る!」
「了解」
 マチスはすぐに、ファクター機に向かってスラスターを噴かした。

「了解だ。レイ、ショール、すぐに戻るぞ!いくらティルヴィングでもサラミス5隻相手では勝てないぞ!」
 ファクターはレイとショールにそう指示を出すと、自機をティルヴィングの方向に向け、マチスもそれに続いた。ナリアとアルツールのMSは、敵サラミスから見て右舷2kmの地点を飛行していた。サラミスのメインスラスターの放つ光が、ナリア機の正面ディスプレイに表示された。
 捕捉したときより光は一つ減っていた。ティルヴィングが艦砲射撃によって一隻撃沈したのである。ナリアは自機が持っていた残弾が無くなったビームピストルを背部バインダーに戻し、もう一つのビームピストルに持ち替えさせた。ナリアはこの攻撃後に補給が必要だなと感じていた。相手の数が多かった以上、流石にこれだけはパイロットの腕ではカバーできない。また、ティルヴィングからも、ナリア機・アルツール機がサラミスに接近しているのを確認していた。
「コーネリア機、アルツール機がサラミス右舷から接近中、攻撃態勢に入っています。」
「よし、メガ粒子砲の照準を左端のサラミスに固定、タイミングを併せるぞ!」
 ログナーは冷静にこの場面を凝視していた。発射のタイミングはナリア機がサラミスの射程距離内に入り込んだ瞬間だ。ナリアはティルヴィングが援護をしてくれるのを信じていたから、そのまま前進してティルヴィングが照準を固定したサラミスに向かった。アルツールのネモもそれに続く。
「ナリア機、サラミスの射程距離内に入ります!」
「よしっ!撃て!!」
 ログナーの号令の後、ティルヴィング側面からメガ粒子砲が放たれて、一直線にサラミスの胴体に直撃した。ナリア機とアルツール機がそれに合わせてティルヴィングの方向に機体を滑らせながらビームを発射する。ナリアの放ったうちの一撃が、サラミスのメインエンジンに直撃し、サラミスはエンジンの爆発に巻きもまれる形で消滅への一途をたどった。状況の圧倒的不利を悟ったらしい残り三隻のサラミスは、ティルヴィングを左から迂回するコースを取ったので、ナリアはそれを追撃せず、警戒を絶やさぬようにしながらティルヴィングに帰投するコースを取った。その時になって、エストック隊とマチス機がナリアのリックディアスに合流した。レイ機がナリア機に接近する。
「ナリアさん、一隻撃沈ですね」
「あぁ、援護は受けていたがね。MSはあまり墜としてないから、これでチャラだな」
 レイの呼びかけに、ナリアは豪快に笑って答えた。
「サラミスの動向を監視しながら、ティルヴィングに帰投するぞ!」
 ファクターは全MSに命令した。結局サラミスはティルヴィングを大きく迂回して、ルナII方面への敗走を始めていた。


「お疲れさまね、ショール」
 クレイモア隊の全MSがティルヴィングに帰投したあと、ショール機「死に装束」のコックピットに上がって、エリナはヘルメットを脱ぎ掛けているショールに労いの言葉をかけた。
「あぁ、ちょっと疲れたよ・・・これからが本番だしな?」
ショールはヘルメットを脱いで長い髪を無重力のコックピットに投げ出して、ポケットからゴムを取り出しながら言った。
「そうね、準備運動でへばるわけには行かないよね」
「その通りさ」
 ショールはゴムで髪を束ねた。エリナはその動作を見ながら、一つの小さな物体を差し出した。ランチボックスである。
「そういや、昼飯の時間か!?」
 ショールはパイロットスーツの左腕についているデジタル時計を見た。時間は12時を回っていた。
「ええ、今のうちに食べておいてね、私は整備があるから・・・」
「そうか」
 エリナはコックピットから降りると、MSの補給などの指揮を執りだした。

 ティルヴィングが敵増援を捕捉したのは12時32分だった。
「艦長、観測班より連絡、一隻のサラミスが接近しているのを確認!」
 ミカの報告はログナーにはあまりに予想外だった。
「一隻だと?」
「はい、確認できるのは一隻のみです。」
「識別信号は!?」
「待って下さい・・・ニューデリーです!!」
「!!」
 ログナーは言葉を失った。確かに、第二次部隊は大規模であってはそれだけ移動に時間がかかるとは考えていた。しかし、一隻で来るとは思っていなかった。恐らく第一次部隊と挟撃体勢を取るつもりだったのであろう。
「総員第一戦闘配備、MS隊緊急発進!MS隊射出後ティルヴィングは第二船速で後退!」

 MSデッキ内に警報が鳴り響く。MSデッキの隅で昼食を採っていたショールとレイは、すぐに立ち上がった。デッキの中にはファクターが怒鳴りながら自機のコックピットに乗り込むのが見えた。
「行くか!」
 ショールはそう言うと髪を束ねていたゴムを外し、ヘルメットをかぶった。レイも同じくヘルメットをかぶる。
「グッドタイミングね!」
 エリナはレイのリックディアスのコックピットの調整を終えたばかりであった。レイが自機の頭部に上がってくると、エリナと入れ替わりにコックピットに入った。
「調整は終わったんだな?」
 レイはエリナに聞くと、返事を待たずにコックピットに身を滑らせた。
「ええ、今ちょうどね。いいタイミングよ。」
「そうか、じゃぁな!」
 レイは左手の親指を突き立てて言いながら、コックピットのハッチを閉じた。
「準備の終わったMSから順次発進!敵MS隊は母艦を出撃し、2時の方向からこちらに向かっています。
 これを迎撃して下さい。」
 ミカからの状況説明が各MSのコックピットに流れる。
「了解だ、ミカちゃん!ファクター、リックディアスでる!」
 ファクターのリックディアスが、左側のMSカタパルトデッキから射出された。
「ミカ、敵の数は?」
「敵MS隊は5機、詳細は不明です。」
「会ってみてのお楽しみって訳か、ショール・ハーバイン、出るぞ!」
いて右側のデッキからショール機が射出される。
「敵は少ないな・・・他に艦影は!?」
「ありません!サラミス級1!」
「了解だ!レイ・ニッタ、いくぞ!」
 レイが発進して、ナリア達フランベルジュも射出される。MSデッキ内の喧噪はピークを過ぎて、少しだけ落ち着きを取り戻していた。
「MSを射出した後でも油断するな!換えのエネルギーパックも用意するんだ!」
 エリナは整備班を指揮するときだけは、いつもと口調がまるで違う。場の雰囲気に緊張を持ち込むために無理をしているように見えなくもない。それでも右往左往する整備兵達を叱咤していた。

 ティルヴィングを出て、編隊を組んだエストック隊は、光点が見える空域へと機体を進ませた。フランベルジュ隊は伏兵に備えてティルヴィング周辺に待機した。それほど、この時点での作戦行動にはサラミス一隻というのが戦術論上説得力を持たなかったのである。ナリア・コーネリアは確かに剛胆で好戦的な部分を否定できないパイロットであったが、母艦の防衛を任されたくらいでふて腐る様な人間ではない。自分のなすべき事、他人のなすべき事があるのを一年戦争時代に学んでいた。そういった自分の立場をよく理解した殊勝な心構えがあったからこそ、今までの武勲があったといっても良かった。
「敵MSは右舷1時方向に展開中、間違いなく5機だ!数では不利だが、数だけが力でないことを教えてやれ!数が多い分奴らは展開して襲ってくる。それがつけ込む隙になる。呑まれるな、呑んでやれ!」
 ファクターの通信はごく短い距離間で送られたため、ミノフスキー粒子の影響はあまり無かった。ショールとレイはその通信に返答をすると、左右に展開した。ファクター機の右に展開したショール機は敵MS隊から見てほとんど正面に位置する。だからエストック隊の中で一番先に敵の正体をつかむことが出来た。ハイザックだ。ハイザックが4機・・・そのほかの一機は・・・
「ジム・・・・クゥエル!!!」
 ショールはもう驚かなかった。少数精鋭か・・・ショールはその言葉を思い出していた。その言葉はクレイモア隊の任務にも当てはまるのだ。



 エネス・リィプスは自分たちが到着する前にルナIIを襲撃したのが、ショールのいるクレイモア隊だとすぐに分かった。それは勘でしかなかったが、確信があった。エウーゴ主力艦隊は今地球に向かっているのだ。こんなところで陽動をする部隊など、そうはいない。
 だからこそ、第一次部隊を追撃しているであろうティルヴィングを、補修も完全に終わっていないニューデリーで無理に追撃させたのである。艦長であるモートンもその願い出を拒否しなかった。そのエネスの申し出を拒否しなかった理由は今の立場にあった。哨戒から帰って以来、ニューデリーは遊撃部隊として配備されていたのだ。ここのところエウーゴの一部の部隊がどの作戦にも属さない独立した動きを見せているのを、ティターンズは認識していたのだ。
 その部隊に対して牽制・攻撃を仕掛ける部隊として、ニューデリーが選ばれたのだ。この配置転換が果たして左遷なのか栄転なのか、モートンには分からなかった。だが、エネスには見当がついた。特殊遊撃部隊のエースパイロットと自分が親友であった事と、その指揮官とニューデリー艦長の関係が理由だと感じていた。
勿論奴らは自分とショールの対戦成績も調べているだろう。そういった様々な理由があって、エネス達は遊撃部隊に対抗する形となったのだろう・・・ティターンズはそう言う軍隊なのだ・・・エネスはそう思っていた。
「各員、散開するな。今までの敵とは違うぞ!」
 エネスはクラック達部下に指示を出した。まだだ、まだ行動の時ではない・・・エネスはそう我慢してきたフラストレーションを戦闘で晴らすかのように強く言った。
「了解」
 クラックは静かに答えた。この前の初陣で何かを悟ったのか?エネスはそんな部下の変化を気にすることをすぐに忘れた。白いリックディアスを見かけたからである。

「ジム・・・・クゥエル!!」
「白いディアス!」
 お互いを視認した瞬間から2人の戦闘は始まっていた。死に装束はビームピストルを、ジムクゥエルカスタムはビームライフルを、それぞれ連射するがそれぞれ横水平に移動しながら回避する。2機のカスタムMSの対峙はお互いのMSの位置が入れ替わっただけになった。その直後にお互いはバーニアを噴かしてビームサーベルを左手に抜きながら前進する。それぞれ右手のビームライフルが1発ずつ発射されるが、ショール機はそれを紙一重で回避する。エネス機は上昇と前進を同時に行う形で縦の円運動を行った。ショール機の後ろに回り込むつもりである。ショール機は振り向かずに、左に水平移動しながら機体を更に左に旋回させた。そして、ビームサーベル同士がぶつかる。
「エネス!」
「ショ−ル!!」
 クゥエルが死に装束のビームサーベルを払いのける。少し間合いが離れたところで、死に装束のバルカンファランクスがクゥエルに向けて放たれる。
「貴様の相手をしている暇はない!」
 バルカンの攻撃をシールドで受け止めて、エネスは叫んだ。クゥエルもバルカン砲を発射する。死に装束とクゥエルのバルカンの撃ち合いはすぐに止んだ。死に装束が再びビームサーベルを振った。その一撃でクゥエルのシールドが飛んだ。
「貴様らは分かっているのか!地球に降りて戦争をするなんて!地球を汚染するつもりか!それがエウーゴの大儀か!!」
 エネスの咆哮がショールの耳に入った。
「・・・・・!!エネス、やっぱりお前はそのために!?」
「そうだ!地球を守り、スペースノイドも守る!」
「そんな都合通りに行くものか!ティターンズの暴走は始まってるんだ!」
「くっ!」
 死に装束のサーベルによる攻撃は間断なく続いた。コックピットをかばったクゥエルの左腕が切り離され、クゥエルは後ろに跳躍する。
「だがお前がこんな所に出てくることはないだろう!」
 ビームピストルを2回、発射する。それをクゥエルは左によけた。
「地球にいたはずの妹がグリプスにいれば、こうなる!!」

 ショールとエネスの1対1が続いている頃、レイとファクターは暇を持て余しているわけではない。クラックを初めとするハイザック4機を相手にしていたのである。ハイザックは2機ずつに別れながら左右に展開した。
ファクター機はレイ機の傍らに立ち、左腕をレイ機に接触させた。
「少し後退して見せて、2機ずつの敵を4機にまとめるぞ」
「了解!」
「完全に合流するのを待つ必要はない、合流する直前を狙い撃て!」
「了解、来ます!」
 左右からハイザックのマシンガンが放たれて、2機のリックディアスに降り注ごうとしたが、急に後ろに後退を始めた。
「リックディアスが後退を始めた、一機ずつやるぞ!」
 クラックは3機のハイザックに号令した。リックディアスを追撃する形で各個撃破の体勢を取ろうとしたから、自然と4機がまとまる結果になってしまった。
「いまだ!」
 レイ機、ファクター機のビームピストルが一斉に連射される。そのビームの数条の矢は、ハイザックのうち一機を貫いた。
「フェデリコ!」
 クラックは叫んだが、脱出ポッドが射出されなかったのを確認すると、右側にいるレイ機に向かって突進した。
「この!」
 ヒートホ−クを構えて、クラックは吠えた。
「!!」
 レイは咄嗟に後方によけた。そして左手でビームサーベルを抜く。
「沈みな!」
 ビームサーベルはハイザックには当たらなかった。右によけたのだ。この至近距離でサーベルの攻撃を見切るなど、並の反射神経ではない。レイは危機感を覚えた。
「やるしかない!」
 ビームピストルを4発ほど連射しながらハイザックに接近する。
「しまった!?」
 クラックはビームの攻撃全てをかわしきれず、左足に直撃を喰らってしまった。その隙にレイ機が至近距離まで来て、サーベルを振るった。
「これで終わりだ!!」
 サーベルはハイザックの左足を切断はしたが、致命傷とはならなかったようだ。
「貴様・・・・忘れない!」
 クラックは叫んで残ったバーニアを噴かして後退した。それに向かってビームピストルを発射しようとしたが、エネルギー切れを起こしているのに気がついた。残ったビームピストルを構えようとしたが、レイはその動作をやめた。無理に全滅させることもないな、レイはそう思ったのだ。ファクターを相手にしていた2機のハイザックもまた、それなりの損傷を受けていたが、撃破されずに健闘していた。そしてクラック機が後退するのを見て、それに合わせようとした。ファクターも敢えて追撃しなかった。ここまで痛めつければ大丈夫だろう、と。

「妹?イーリスがグリプスにだと!?」
「ちっ!ここまでだ!」
 バルカン砲を発射して時に装束の頭部を攻撃してカメラを攪乱すると、その隙にエネス機は全速で離脱した。メインカメラが回復せず、サブカメラに切り替えてエネス機が離脱したのを確認すると、ショールはヘルメットを脱いだ。汗がコックピット内に水玉となって飛散する。
「人質にでも取られているのか、エネス?」
 ショ−ルはエネス程の男でもティターンズでは信用されていないのではないかと感じていた。
「アイツの立場はそれほど良くないのか・・・」
 コックピットに貼り付けてある写真を引き剥がして、ショールは目の前に持ってきた。ショール、エリナ、そしてエネスがこれ以上ないほど良い笑顔で笑っていた。


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