第07章 ル ナ II 

 UC.0087、5月1日にティルヴィングは単艦でルナIIに向けて進発した。目的は、エウーゴ主力艦隊のジャブロー降下作戦実施時において、ティターンズの橋頭堡の一つとも言えるルナIIに牽制をかけることであった。

 月からルナIIまでは何もなければおよそ5日の行程である。ルナIIはごく最近になってティターンズが直営となった衛星基地で、その機能は主に補給や補修に使われていた。サイド7からは半日で着くことが出来るほどの距離で、サイド7から地球に向かう前にはこの基地を使うことが多い。
 エウーゴは地球連邦から派生した軍隊であるから、ティターンズの情報が間接的に入ってくることが多く、逆にエウーゴの情報がティターンズにややタイムラグを置いて入っていくことも珍しくない。だからこそエウーゴではかなり中核にいる者にしか作戦内容の詳細を知らせることが出来ない事情があった。
 それでも、ジャブロー降下作戦のような極めて大規模な作戦行動を完全に極秘にするわけにはいかず、作戦の実施は5月に入った頃にはティターンズ内部に知れ渡っていた。既にティターンズは作戦阻止のために動き出していることは誰にでも予想できた。予定では5月6日前後にはルナII空域に到着する。作戦は11日に実施されるわけだから、ベストのタイミングである。単艦での作戦である。牽制の為だけに割く戦力があれば主力にその力を向けなければならなかった事を、ログナーは承知していた。逆に、無理にルナIIを攻略する必要はない。ルナIIを占拠してしまっては、その防衛のために戦力が必要であったからだ。軍事拠点の一つであるグリプスが近いのだから、尚更のことである。

 5月6日13時にはルナIIを目視できる宙域に到着したが、同時にルナII周辺宙域の哨戒を行っていた部隊と遭遇した。作戦開始である。その時から、これまでとはうって変わって、ティルヴィングのブリッジに喧噪が姿を現す。
「ミノフスキー粒子を戦闘濃度に散布、すぐに迎撃隊が迎えに来るぞ!最大船速2分、以後第一船速でルナII空域に突入する。MS隊に発進準備!主砲、メガ粒子砲発射の準備もさせろ!監視要員はルナIIからの増援をチェックしろ!」
 ログナーの朗々たる大きな声が、4人しかいないブリッジに響き渡る。
「了解!エストック、フランベルジュ両小隊、発進準備!敵部隊は右舷1時方向から当方に接近中!」
「砲撃手、MS隊発進を援護する。主砲の照準を前方のサラミス級に固定!対空攻撃の準備!」
「ミノフスキー粒子の散布完了!」
 ミカとサミエルも艦長に負けじと、テキパキ指示を出す。アルドラはティルヴィングの進行速度を合わせていた。
「よし急げ!、敵は待ってはくれんぞ!対空砲撃はミサイルのめくら撃ちに備えて待機だ!」
 ログナーは別にクルー達の行動が遅いから怒っているわけではない。クルーの行動の速さは、エース部隊のそれであった。気合いの問題である。
「主砲、メガ粒子砲の砲門の準備完了!MS隊が射出されます!」
 ミカ・ローレンスの透き通った声は、このような時でも聴いていてログナーには心地よかった。

 MSデッキもまた、喧噪に包まれていた。
「予定よりちょっと早かったが、急げよ!お客さんが腹減らして待ってるぞ!」
 ファクターはパイロットスーツのヘルメットをかぶりながら、周辺のクルーに叱咤の声を飛ばしていた。
「準備の終わったMSから発進しろ!編隊は後で組め!」
 ヘルメットをつけ終えて、ファクターは愛機のコックピットに身を滑らせた。一番最初にカタパルトデッキに上がったのは、ナリアのリックディアスだった。
「オラ、マチス、さっさと来な!!フランベルジュ、コーネリア出るよ!」
 ナリア機がまず射出され、ファクター、レイ、ショールのエストック隊がカタパルトデッキに上がってくる。
「エストック隊、ファクター機出る!」
「レイ・ニッタ、いきます!」
「死に装束、出るぞ!」
 その後にマチス、アルツールが続き、エストック隊は既に編隊を組んでいた。その10秒ほど後にフランベルジュ隊も編隊を組み終わり、エストック隊は敵サラミスから射出されたMS隊に向かって突撃し、フランベルジュは左から回り込んで敵母艦を捕捉しに向かった。ファクター機がレイ機、ショール機に手を触れさせて、接触回線を開く。
「まだ先は長いぞ、無駄弾は極力使うな。オードブルはさっさと済ませてメインディッシュまで一気に行くぞ!」
「了解!」
「了解!」
 2人が同時に返事をする。

 敵哨戒部隊は既にエストック隊の正面に来ていた。
「よし、散開しろ!」
 ファクターの号令の後、ショールとレイは左右に散って、4機のMSを3機で包囲しようと展開した。向かってきたはずの敵部隊は、ここで一気に守勢に立場を置くことになってしまった。敵ジムIIの部隊は、エストック隊の迅速な動きについて行けず、固まって前と左右から迫るリックディアスに対して防戦の形を取るハメになってしまっていた。その敵部隊の動きは明らかに、素人だ・・・ファクターは気付いていた。それでも容赦する時間的・戦力的な余裕がないのが、今のクレイモア隊であった。ただせさえ単艦で敵艦隊の足止めをしなければならないのである。ルナIIに到達するまでは一気に行かないと、ルナIIからティターンズの部隊が降下作戦の阻止のために出発してしまう危険は避けなければならなかった。
「まったく!!」
 ショールは機体を左方向から滑り込ませながら、毒づいた。戦力のない部隊を逐次投入されては、如何にショール達といえども手を焼く。実戦経験のない部隊を盾に使う・・・ティターンズの先も見えたな・・・
ショールはそう感じていた。
 その間にも、ビームピストルを放ち、1機のジムIIを破壊する。ショールの「死に装束」は純白である。当然ながら宇宙では極端に目立つ。ジムIIの部隊は固まってその目立つショール機を各個撃破する態勢を取った。セオリー通りの戦い方である。3機まとまってショール機に突進してきた。ジムII3機からのビーム攻撃が「死に装束」を襲う。
 しかしそれをショールは、上下左右に小刻みに動いて全弾を回避する。一方、ファクターとレイのリックディアスは、そのジム隊の後ろから追撃する形を取った。ジム隊は、最も回避性能の高い機体に、突撃を敢行してしまったのは不運としか言いようがない。突撃の相手がレイ機だったならば、多少の手傷を負わせることが出来たかも知れなかったのではあるが・・・結局ジムIIの部隊は、2機の追撃を受けたこともあり、あえなく玉砕することとなった。

 時を同じくして、ジムII部隊の母艦であるサラミス級に向かっていたフランベルジュ隊は、サラミスの主砲等の砲門を潰し、その後にティルヴィングのメガ粒子砲の直撃によってサラミスは無力化した。エストック隊を先頭として、フランベルジュ隊とティルヴィングは更にルナIIに向かって前進した。ティルヴィングはルナIIの目と鼻の先でミサイルの迎撃を受けたものの、MSと対空防御によってこれらを回避した。しかし、ログナーやMSパイロット達は怪訝に思った。このパターンは、グリプスと同じなのである。敵の抵抗があまりに弱小すぎるのに、気付いたのだ。ログナーはため息を一度ついてから言った。
「・・・・遅かったのかも知れないな・・・ルナIIに入港する。エストックは先行して、中の様子を見ろ!サミエル、入港準備だ!」


 先行したエストック隊は、ルナII宇宙港に侵入した。宇宙港のドック内の戦艦などの機動戦力は既になく、特に大きな抵抗を受けることはなかった。ドック内を数十人もの基地クルーが右往左往する。
 ドックの管制要員が管制室にいるのを確認したファクターは、その管制室のガラス窓に向かってビームピストルを突きつけた。ショール機、レイ機も後に続いて湊に入り、管制室以外のクルー達に、リックディアスのモノアイで睨みを利かせた。
「これから言うことに答えないと、潰す!ティターンズの奴らはどうした!?もう出ちまったのか?」
 ファクターは外部音声と接触回線の両方を開いて、管制室に呼びかけた。

 ログナーの指示により、ティルヴィングはルナIIの宇宙港に入港をした。その時、ミカの報告をログナーは受けた。
「先行したファクター機より入電、ルナIIで補給を行ったティターンズ部隊は4時間ほど前に出航、グリプスから第二次部隊が接近中であるとのことです!」
 またもやられた!ログナーはほぞを咬んだ。別にログナーの指揮が甘かったわけではない。甘かったのはエウーゴ参謀本部だったのであるから・・・
「当艦はこれより追撃戦に入る。出航準備!MS隊を収容しろ!ルナIIはほっておけ!先に、先行した部隊の足を止める!月からのティターンズの追撃部隊はこの際無視しろ!推進剤が尽きるまで最大船速で、ティターンズ部隊を追撃する!」
 ログナーは怒鳴った。そのその瞬間、ティルヴィングの中は再び喧噪に包まれた。

 最大船速で移動を開始したティルヴィングのMSデッキで、ファクターは自機の足元で大声を張り上げた。
ショールはたまたまその前を通りかかっていたので、聞いてみることにした。
「気にいらねぇ!」
「何がです?」
「連中、オレらがルナIIを本気で占領できないのを見越してやがるんだ!戦力的格差ってやつだ、だから抵抗がなかったんだ!」
 ファクターは両手を握りしめて、自分の胸の前で合わせた。その拳が合わさる音と、艦内放送が始まるスピーカーの雑音が重なった。
「全MSパイロットはブリーフィングルームに集合!繰り返す・・・」
 ミカの声だった。

 今回のブリーフィングは緊急であるため、ファクターも他のパイロットと同じく席に座った。前にいるのはログナー中佐ただ一人である。全員が揃ったのを確認すると、ログナーは説明を始めた。
「ジャブロー降下作戦に先立ち、我が隊はティターンズの補給基地となり果てたルナIIを襲撃したわけだが、ティターンズの第一次部隊は既に衛星軌道手前を我々が通った逆の方向から反時計回りに進行し、ジャブロー降下作戦阻止のために動き出している。ティルヴィングはこの第一次部隊を追撃するために距離を短縮しながら最大船速で進行している。この第一次部隊をエウーゴ本隊直営の護衛部隊と連携して殲滅、第二次攻撃部隊の接近に備える。」
 珍しく長い台詞を終えたログナーは、液晶スクリーンの前にある椅子に腰を掛けた。そして、手元のコンソールパネルのボタンを押して、液晶スクリーンに現在のティルヴィングの位置と、第一次部隊の予想位置を示した。更に、ルナIIで手に入れた第二次部隊の予定コース、ルナIIへの到着予定時刻などもまとめて表示させた。
「ジャブロー降下作戦の詳細は既に連中の知るところとなっているのは間違いない。だから第一次部隊は腹一杯にMSを詰め込んだ船で移動しているだろう。出発が早かったのはその時間的問題によるところが大きいに違いない。ティルヴィングが最大船速で追撃すれば作戦実施予定宙域直前で捕捉できる。
「ただ、ここで問題となるのが第二次部隊の存在だ。足が速くなくては増援の意味がないであろう事から、MSの数こそ少ないであろうが、第一次部隊との交戦中に後背をつかれかねない状況であると推測できる。だから、出来るだけ早く第一次部隊を捕捉し、後背に備える必要がある。」
「現在は5月6日16時40分、予定では5月10日中にルナIIから見て地球の裏側に入るところで捕捉できる。その辺の状況を考慮して、今後の作戦に臨んで欲しい。質問はあるか?」
 レイがそのログナーの問いかけに対し、手を挙げた。
「ニッタ少尉、言ってみたまえ」
「はい、月で補給を受けたティターンズの部隊の規模は、どのくらいの規模なのでしょうか?」
「詳細は不明だが、月から出る部隊の規模そのものは大きいと見て間違いない。それだけでエウーゴ主力艦隊程ではないにしろ、それなりの戦力があるだろう。その上、地球圏につい最近帰還した木星ヘリウム船団と接触しているらしい。油断できない状況だ。ならばこそ、我々の任務が重大であると言える。他に質問は?無ければ以上だ。解散してよろしい。」
 言い終わると、ログナーは席を立ち、パイロット達もそれにならって敬礼をし、解散した。出撃を終えたばかりで疲れていたショールは、シャワーを浴びるためにシャワールームに向かって歩き出した。レイはそのショールを廊下で見つけると、声を掛けた。
「シャワーなら付き合うぜ?」
「あぁ、レイか・・・好きにしろよ・・・それにしても、月か・・・・お前が発言して初めて気がついたよ。確かに気になるよな?」
「だろ?オレもさっき気付いたんだ。その規模次第では第一次部隊を叩いた後の状況がわかりにくいし」
「ああ、そうだよな・・・ティターンズってのは半端じゃないな・・・」
 ジャミトフの本当の目的は何だ?ショールはその言葉を噛み砕いた。今それを考えても意味がないことであるのに気付いたからだ。(邪念は捨てないと次はオレが死ぬ事になる・・・)ショールは後はひたすらエネスと闘いたくないと念じるだけであった。

 シャワーを終えたショールは自室に引き取り、睡眠を貪っていた。レイも似たような状況ではあったが、どうにも寝付けないでいた。夜中を過ぎても眠れず、温かいコーヒーでも飲もうかと士官用ビュッフェに足を運んでいた。そこは一人ではなかった。レイはそこに見慣れた銀髪の後ろ姿を発見した。
「ナリアさんじゃないですか」
 少し音量を落として、レイは銀髪に話しかけた。ナリアは振り向かずに答える。
「おや、お前も眠れないのかい?さっき酒を呑んだんだが、酔いが悪くて醒めちまったよ。」
「それで珍しく紅茶なんか飲んでいるんですか?」
「あぁ、これが入っているがね」
 ナリアはそう言うと右手に持ったブランデーの小瓶をブラブラさせて、レイに見せた。それでもレイの鼻孔をくすぐる香りは紅茶のそれであったから、大した分量が入っていないのが分かっていた。
「紅茶にも酒ですか・・・ははは」
 少しだけ声を上げて、レイは笑った。自動販売機からコーヒーに入った紙コップを取りだし、ナリアの向かいに座った。
「ジャブロー降下作戦が終わったら、また忙しくなりそうだねぇ」
 唐突なナリアの言葉に、レイは顔を上げた。
「忙しくなるんですか?」
「あぁ、この作戦にはかなりの数のMSが参加するだろ?・・・ってことは、宇宙が留守になってしまうじゃないか」
「そう言うことですか・・・月への攻撃は諦めてくれないでしょうね?」
「それは違うんじゃない?グリプスが鍵になるんじゃないかな?」
 レイはその言葉にはっとなった。グリプスにはウワサにあった戦艦や、他の試作MSなどを見かけることはなかった。ただあったのはもぬけの殻の基地だけだったのだ。ティターンズがそんなに簡単にサイド7の基地を放棄するだろうか?レイはしばらく考え込んだが、その時になってようやく睡魔がやってきたので、残りのコーヒーを飲んで立ち上がった。
「おや、もう寝るのかい?」
「ええ、色々考えてるうちに眠くなってきましたからね。明日からはMSの整備にもかからなくっちゃいけませんし。今日はもう寝ることにします。」
「そうかい、じゃぁな。あたしも寝るとしますか・・・」
 ナリアもブランデーの小瓶を持って立ち上がった。
「では、おやすみなさい、中尉」
「あぁ、お休み」
 2人は簡単な挨拶だけを交わすと、士官用ビュッフェを出た。レイは自室に帰るとベッドに身体を横たえ、現在開発途中のプログラムについて考え込んでいたが、さっきまで一緒にいたナリアの銀髪の残影を心の中から排除することが出来なかった。もう少しナリアとはまともな会話が出来ないモノかな・・・それが心残りだった。レイは自分でも気付かぬ内に、眠りについていた。

 5月10日になって、作戦予定宙域より手前150kmあたりの地点に到着していた。ティルヴィングのクルー達は、追撃している相手を捕捉できる予定日になったので、艦内を慌ただしく動いていた。そんなときでも、ブリッジクルーが動き回ることはない。レーダー・肉眼による監視を仕切っていたアルドラ・バジルは、11時23分にようやく見つかった異変を艦長に報告した。
「艦長、レーダーに反応、5隻の巡洋艦を確認!識別・・・エウーゴではありません!」
「よし!見つけたか!総員、第一種戦闘配備、対艦戦闘準備!急げよ!」

 MSデッキは活気にあふれ返っていた。自機をカタパルトデッキに上げる途中で、ファクターはログナーからの通信を受けた。
「敵機動戦力を速やかに殲滅してくれ!母艦は相手にするな!」
「了解です、艦長!」
 ファクターは敬礼すると通信を切り、リックディアスをカタパルトに載せた。
「エストック隊、ファクターでる!」
 ファクター機が射出される頃、その後ろのデッキではレイ機が、隣にはショール機が発進準備を終えていた。
レイにとっては、かつて経験したことの無い敵の多さである。少なく見積もっても20機のMS・・・否応にも手に汗がにじむのをレイは実感していた。それは初陣の時以来であった。


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