第05章 エネス・リィプス

 UC.0087、4月10日・・・サイド7、グリプスの基地を強襲されながらも、ティターンズはMS隊を囮にしてそれまで使っていた基地を爆破、その隙に基地にいた人員は全てグリプスの各部に分散していた。ちなみに、ガンダムmk2奪取事件があったのがグリーンノアT、その隣にあるコロニーがグリーンノアUである。現時点ではグリーンノアUというコロニーは、そのままグリプスという名前に取って代わられていた。

 エネス・リィプスは不愉快だった。グリプス全体を基地化するという話は、エネスとモートン少佐も聞いたことがあったが、その内容までを知らされるような立場ではなかった。彼らは元々この宙域の哨戒部隊だったのだ。たしかに、コロニー規模の軍需拠点があれば、戦局をある程度優位に持っていけるだろう。いざとなればエウーゴの拠点、グラナダにそれごと落としてしまえば、それで連邦軍の内紛は終わる。既に基地としての土台が出来つつあったこのコロニーを放棄しなかった理由としては、それで十分かも知れない。しかし、エネスは何か、そこはかとない不安を覚えていた。グリプスには、そこまでティターンズに固執させる何かが他にあるような気がしていたのだ。

 サラミス級宇宙巡洋艦「ニューデリー」は、4月12日にティルヴィングがグリプスを出たあと、同じ宇宙港から入港していた。
「入港完了しました、少佐。」
 オペレータがモートン少佐に、入港完了を報告する。キャプテン・シートに座っていたモートンは、それを了承した後、バスク大佐からの通信を受けた。
「貴官らのおかげで、我々が基地を撤収する時間を稼ぐことが出来た。報告書を提出した後はゆっくり休め。次の任務は後日伝達する。」
 バスクはそれだけ言うと、通信を切った。モートンはため息をする。彼も精神的に疲れていた。疲れていたのは、隣に立っていたエネスも同様である。
「ゆっくり休みたいところだが、これからのMSの補充やらなんやらを考えると、頭が痛いな?」
 そう呻いたモートンの表情は、疲れ切っていた。戦闘だけでなく、バスクに様な男の相手をさせられているのだ。それも当然か・・・エネスはそう思ってモートンに声をかけた。
「全くです。MS隊の編成も楽じゃありませんからね。少佐、グリプスのこと、どう思われますか?」
「さぁな、お前に分からないことが私に分かると思うか?」
「どうなんでしょうね・・・」
 エネスは頭を掻いた。いつもならもっと深い領域にまで思考を進めるのだが、エネスは疲れていた。MS一機で敵本隊に奇襲を仕掛けたのだ、当然であろう。今だけは、理想の実現より、睡眠が欲しかった。

 報告など雑事に追われたエネス・リィプスはニューデリー内にある自室でを過ごしていた。与えられたはずの官舎には帰っていない。日付はUC.0087、4月14日に変わっていた。朝7時には目を覚まし、士官食堂で一人、コーヒーをすすっていた。今日はMSとパイロットの補充がなされるはずであり、その編成を考えると頭が痛くなってきたので、せめて今だけはそれを忘れることにした。言い渡される任務は何なのであろうか?エネスの思考はその方向に走った。グリプスに強襲をかけたショール達の部隊は既に月周辺まで到着していることであろう。今更追撃しても間に合わない。エネスは少し冷めたコーヒーを一口含むと、舌で転がした。親友であるショールの癖を真似てみたのだ。
「貴様は今のままでいいのか・・・」
 少しだけ、口に出てしまった。あとは口の中で呟く。今のティターンズのやり方は設立当初の、少なくとも表向きの目的であった「ジオン残党狩り」のモノではない。スペースノイド全てを敵に回す危険なやり方だ。回りくどく言えば、反地球連邦思想を持つ者全てをエウーゴに糾合させて、それを一度にたたいてしまおうという目論見の一端が、エネスには少し見えていた。30バンチ事件はその始まりに過ぎなかったのではないか。
 連邦が一年戦争後発令した戸籍制に反対しただけのデモ活動が、ガス攻撃の対象にまでなったというのはいかにもやりすぎであった。それが結果として、一部の連邦軍兵士やスペースノイドに疑問を持たせることになった。エウーゴの台頭はその一つの現れに過ぎない・・・エネスが軽い頭痛を憶えたので、思考を中断して、残りのコーヒーを一気に飲み干した。そこで、艦内放送が流れる。
「リィプス中尉、至急艦長室までいらして下さい」
 ニューデリーのブリッジのオペレータの声だった。

「リィプス中尉、入ります!」
「おお、入ってくれ」
 返事を聞いたエネスは、自分を呼んだ男であるモートン少佐の前に歩み寄って、敬礼した。しかし、艦長室にいた男は、モートンだけではなかった。歳は20歳くらいだろうか・・・いや、それより若く感じられる・・・髪は短く刈り込まれた黒髪で、顔は彫りの浅い、ショールによく似た顔立ちの持ち主で、眼は何かを求めているような貪欲さを持ったぎらぎらした何かを持っていた。若者を観察していたエネスは自分が怪訝な表情をしているのに気付かなかった。それを見て、モートンが切り出した。
「今日から君の直属の部下だ。曹長、リィプス中尉だ」
 モートンの傍らに立っていた若者は、モートンに促されて、敬礼した。
「クリック・クラック曹長です。中尉の下で働けるのを光栄に思っています。宜しくお願いします!」
 エネスは敬礼を返した後、モートンが説明を続けた。
「彼は士官学校時代はそれなりの成績ではあるが、MS操縦の適性を認められてティターンズに配属されたエース候補生だ、宜しく頼む」
 モートンの説明の後、エネスはクラックと握手した。
「君はまだ新人か?」
 エネスはクラックに尋ねた。まさか、新兵の面倒を見させようと言うのか?
「はい、20歳です。」
「そうか、宜しく頼む」
 もし、握手した相手が普通の新兵だったなら、ここでうんざりしていたことであろう。しかし、今回の相手は、エネスにそういった気持ちを抱かせなかった。エネスがその若者の持つ、威圧感というか、そういった存在感の様なモノを感じたからだ。新兵にはない、なにか違和感を、エネスは感じていた。
「そこで、中尉、先ほど通達があったのだが、次の任務だ。」
「昨日の部隊の追撃ですか?」 
「いや、ルナIIを経由して衛星軌道を通りサイド1に向かう。その周辺宙域の哨戒が任務だ。とりあえず、周辺の哨戒を行い、ついでに新兵の訓練もしておけ・・・だとさ。」
「なるほど、哨戒任務ですか、訓練としてはいい機会かもしれませんね?」
「お前ならそれくらいはやってくれるだろう?」
 モートンは少し苦笑いしながら、エネスに聞いた。実際問題として、連邦軍の半分はエウーゴの分子である。どの基地がエウーゴのモノかを調査しておくのは、必要なことであった。これまではエウーゴの戦力をそれほど過大には認識していなかったのが、地球連邦政府である。地球にしがみついた姿勢が、エウーゴに力を蓄える時間と隙をを与えていたのであった。結局、ニューデリーに補充されたMSは、ハイザック4機だけであった。補給や補修など全ての準備を終えたニューデリーは、UC0087.4月15日にグリプスを出発した。

 月衛星軌道を通って、ニューデリーがサイド1周辺宙域まで到達したのは4月19日のことであった。サイド1はエウーゴの拠点の一つであるスウィートウォーターがあるサイドであるが、ここがエウーゴの拠点であることは未だティターンズの知るところではなかった。その手前15km周辺まで、ニューデリーは到着していた。そこまでの過程であった出来事は、新兵の訓練だけだった。
 クラックを含めた補充されたハイザック4機のパイロット達はそれなりに筋は良かったが、腕がいいのはシミュレータだけのことであって、実戦との違いを認識するのに時間がかかった。クラックはその中では、エネスから見てまともな方であった。実戦経験がないから、集団戦闘のことが理屈で分かっていてもそれを実行できないでいるのが関の山であった。
エネスはこの段階でうんざりしていた。これでエウーゴの拠点の調査をするのか?
もし拠点を探し当てて、敵に襲われた場合は全員が生き残ることが出来るのか?
 エリートは所詮エリートか・・・エネスは現場を知らない上層部の人間に対して、心の中で罵った。地球しか知らない人間が、宇宙でいきなり実戦を乗り越えられると本気で考えている連中である。こういう地球にコロニーを落としたがったジオン軍の気持ちが、ようやく分かってきた気がした。4年前、エネスは実戦を始めて経験した。その時の上官も、今のエネスと同じ気持ちを抱いたに違いなかった。
 サイド1に到着した頃、ようやくそのエネスの苦労はささやかではあるが報われつつあった。ティターンズに選ばれるだけあって、その若さも手伝い飲み込みは早いモノであったのだ。彼らにとっての最大の敵は宇宙の環境そのものであった。その宇宙に慣れてくれば、あとはそれほど難しいモノではなかった。とはいえ、数日の訓練である。成果などはたかが知れていた。結局エネスは、自分自身のみならず、4人の部下を守らなければならなくなってしまった。つまり、サイド1周辺で敵襲にあったのだ。


 ニューデリーがサイド1のコロニー群を目視できるくらい接近したあたりで、一番手前のコロニーの影から一隻の戦艦を発見した。
「少佐、観測班から連絡、コロニーの側に光を確認、核ノズルの光です。」
 オペレータの声が響く。モートンはこれを聞いても、何も答えず、数秒沈黙を守った。
「・・・・・・・・数は?」
「巡洋艦、サラミス級一隻、MS隊が発進されたようです。光を確認しました!」
「こちらも出せ!」
「了解!リィプス中尉、MS隊出撃です!」
 エネス達MSパイロットは母艦がサイド1宙域に着いたあたりから、MSデッキに待機していた。そこでMS隊出撃を告げる艦内放送が流れた。
「よし、貴様ら、ついてこい!」
 エネスは少し緊張していた。自分のみならともかく、未熟な部下を4人も守る自信は如何にエネスでも無かった。だから言い方がちょっと堅くなってしまっていたことに気付かなかった。しかし他の4人の緊張はエネスのそれより大きなモノだったから、エネスの言い方にまで気を配っている余裕はなかった。そして、5人はそれぞれのMSに向かって走っていった。

「ニューデリー隊1番機クゥエル、出るぞ!」
「クラック、ハイザック行きます!」
 エネスのジムクゥエルがニューデリーからでたあと、クラック達新米パイロット達がそれに続いてMSを発進させた。
「中尉、敵MSは4機、全てジムタイプと思われます。本艦の右舷二時方向から接近中、それを迎撃して下さい」
 オペレータがエネスに通信を送る。まだ通信が届く範囲内であったから、エネスの耳にその情報は入った。
「聞いての通りだ、敵部隊は我らの右三時方向、分散せずに固まって行動しろ、各個に攻撃されたらひとたまりもないぞ!」
 エネスは叫んだ。損な役だが、若い部下をここで殺すわけにもいかない。
「了解!」
 同時に他のパイロットからの復唱が返ってくるのを聞いたエネスは、先頭に立ってエウーゴのMS隊に向かって進み出した。既に敵MS隊は肉眼で確認できるほどにまで接近していた。
「オレが真ん中を突っ切って2機ずつに分断する。片方を集中して叩け!」
 エネス機は分散気味になっている敵MS隊の中央を一機で突破しようと突進しながら、90mmマシンガンを斉射した。マシンガンは当たらなかったが、真ん中に侵攻すべきスペースを確保するには充分だった。4機のジムはエネスの目論見通り2機ずつに別れて、2方向に分散した。
「ラファエル、こっちだ!」
 クラックは僚機を呼んで、先導した。クラックから見て右方向の2機に向かってマシンガンを発射する。その攻撃はジムにかわされてしまった。引き続きマシンガンを発射する。クラックの頭の中はアドレナリンで充満し、ドクンドクンと動悸がリズムを刻むのを、クラックは自覚していた。それほどに興奮しきっていた。呼ばれたラファエル軍曹と他のパイロット達もそれに続いてハイザックのマシンガンを発射させる。さすがに、威力の低いマシンガンでも、4機から集中攻撃されたのでは、ひとたまりもない。クラックのとどめの一撃が、ジムのコックピットに直撃した。次の瞬間には、ジムの一機は火球に変わった。
「やれた!」
 クラックは自分の最初の撃墜スコアに深い感慨は抱かなかった。その間にエネスのジムクゥエルが反転し、左側の2機に向かっていた。左手でビームサーベルを抜き放って、マシンガンを乱射しながら突進していた。
「悪いがっ!!」
 縦一文字に振るわれたビームサーベルは、ジムを一撃で両断していた。その後、戦況の不利を悟ったのか、残りのジム2機は、逃げ腰になった。若いクラック達は、その逃げ腰になった敵機を逃がすという考えはなかった。ここで叩いておかないと、増援を呼ぶかも知れない、自分たちの存在が知られてしまうかも知れない、そういった無意識のうちにある脅迫観念が、クラック達を必死にさせた。分散していた2機のジムが少し下がったところで合流を果たし、クラック達に向かってビームライフルを発射していた。
 距離があるので、ビームライフル等はそうそう当たるモノではない。MSにビーム兵器が装備された時から、7年が経っているのだ。回避運動が未熟な者が乗っていても、コンピュータ制御で回避行動が行われる。3機のハイザックは、そうした独創性のない、回避運動を行った。しかし、一機だけ、違う動きをしたハイザックがあったのを、エネスは見逃さなかった。



「クラック、何をしている?」
 クラック機以外のハイザックはただ横水平に移動して、アポジモーターを噴かして回避運動をした。それに対してクラック機は、少しだけ右に動いてから自機を360度時計回りにターンさせて、ビームを回避した。この回避運動は、見たことのある運動だった。あまりに独特すぎて見まごうことのない、回避運動であった。
「ショール・ハーバイン!?」
 エネスが呻いている間にも、クラック機はターンを終え、マシンガンを斉射していた。
「うぉぉぉぉぉっ!!!!」
 クラックは吠えていた。マシンガンの弾丸が無くなるまで、撃ちまくった。本人が気付かぬ内に、ジムの一機は既に四散していた。最後のジムは、結局何とかその場を離脱した。エネスは敢えて、追わせなかった。深追いは禁物という陳腐な理由だからではない。若い新米パイロット達が以外に無駄弾を使ってしまい、追撃を行うと敵母艦を捕捉しても攻撃できる状態ではなかったからだ。それと、調子に乗せまいとする心理も働いてはいたが。

 とりあえずの、哨戒部隊同士の遭遇戦は、こうして幕を閉じた。エネス率いるMS隊は、ニューデリーに帰投するために移動を開始していた。エネスがクラック機に近寄り、クゥエルのマニピュレータをハイザックに触れさせて接触回線を開いた。
「クラック曹長、2機撃破、見事だったな?」
 エネスは心底感服していた。冷静さを欠いていたとはいえ、初陣にしては派手な戦果であった。それに・・・「クラック、君はあの回避運動をどこで憶えた?」
「回避運動ですか?いえ、何を仰っているのかよく分かりませんが・・・」
「必死だったということか?それであれだけの回避運動をしたというのか?」
「はぁ、そんなところです。すぐに攻撃できる態勢を取りたかった、それだけですが?」
「そうか」
 エネスはそれ以上追求しなかった。偶然かどうかはこの先に知ることになるであろうし、仮に偶然であったとしてもその実戦での強さを認めざるを得なかった。訓練ではそれほど洗練された運動をしていたわけではなかったし、訓練中は演技をしているようには見えなかったからだ。いいパイロットにはなるであろうが、エネスが恐れているのは、なまじ腕がいいだけに間違った主義に走ってしまうことだ。
 力を持った教条主義者ほど、たちの悪いモノはない。ギレン・ザビがそのいい例では無かろうか?MSであれ、学問であれ、政治であれ、何かしらの力を持った者はその方向を誤ってはならない・・・エネスはこの時それを痛感していた。

 この後、2日をかけてサイド1の調査を行ったが、敵襲もなく、各地に点在するエウーゴの拠点の一つ一つはさほど重要ではないと言うことだけが分かった。重要なのは月だけのような気がしているのだ。実際拠点らしき場所や隠しドック等を確認していたエネスとモートンは、この調査記録を偽った。
・・・『サイド1周辺の調査を行ったが、軍事拠点は一切確認されなかった。これは反乱勢力にとっては戦力分散の愚を犯さないためではないかと思われ、主力はあくまで月周辺にあると推測される。』・・・
概要はいささか曖昧ではあったが、エウーゴの台頭を利用しようとしている2人にとっては真実を報告する必要性を感じなかった。ティターンズは結局、この後も月にあるエウーゴの拠点に対する攻撃を続行することになった。UC.0087、4月21日のことであった。 


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