第03章 ミッション・フェイル

 グリプスはかつてグリーンノアIIと呼ばれたコロニーである。ティターンズがここに軍事拠点の一つを置いた時から、このコロニーはグリプスと呼ばれることになっていた。バスク大佐がなぜこのコロニーの名前を変更しようと言う気になったのかは誰も知らない。しかし、ティターンズの頭目ジャミトフ・ハイマン准将の腹心であるバスク大佐が駐留し、名前まで変えさせた程である。重要な何かがあるに違いない、ファクターはそう思っていた。このコロニーに基地を置いたのだから、その基地のコードネームなのか?
 だが、このコロニーそのものを基地にしてしまうという意味不明な情報がエウーゴに入っていた。その確認のためにエウーゴ参謀本部はエース部隊を差し向けたのでは無かろうか?ファクターの脳裏からその疑問が尽きることはなかった。

 レイのリックディアスとトリスタン隊が艦隊の防衛のために引き返して、グリプス強襲部隊はファクターとショールのリックディアス、イゾルデのジム隊3機の合計5機である。5機の他にはコロニー外壁部からフランベルジュ隊3機がこのコロニーに進入しているはずである。
「よし、宇宙港から侵入するぞ!」
 ファクターが号令をあげた。ショール達はそれに続く。ハッチなども手動で開けられるモノばかりであったから、侵入そのものにはそれほど苦労はなかった。手を焼いたのは宇宙港の中で待機していたティターンズのMSであった。宇宙港の最初のハッチを開けた瞬間から、ハイザック2機のマシンガンが彼らを襲った。コロニー内でビーム兵器の使用は御法度である。
 エウーゴは宇宙移民者のための軍隊だから、尚更守るべき不文律である。一年戦争時代ならともかく、今の時代のMSは火気がビーム主体となっている。ビームの破壊力は実弾兵器の比ではない。その技術の進歩が生み出したのは戦果だけではなく、犠牲者の増加もあった。だから、軍事技術の進歩は手放しで喜べるほどのモノではない。コロニーを守るべき立場にあるエウーゴの兵士達は、それを知っていた。ファクターもそうであるが、クレイモア隊の兵士達は全員、反地球連邦思想を持ち合わせた人物ばかりである。ショールも然り、ログナーもそうである。この編成は偶然なのだろうか?ショールは後にそう言う疑問を持つことになる。
「コロニー内部で、正気か!!!」
 ショールはビームサーベルを抜いてハイザック2機に向かって突き進んだ。ファクター達も続いて進み出す。
至近距離に来たところで、ファクターは迷わずにビームピストルを1回撃った。ハイザックは頭部メインカメラを失い、一瞬動きが止まった。パイロットが混乱したのである。その隙にビームサーベルの一撃でコックピットだけを破壊した。残酷だが、コレがコロニーを最も効率よく守る方法であると、ファクターは思っていた。兵士は戦争で死ぬためにいる、それはファクターも例外ではないのだ。ショールもハイザックを一撃で破壊していた。イゾルデのジム隊のパイロットはその光景をみて、俺達は邪魔するだけだな・・・と苦笑した。

 敵MS隊の妨害を排除し、幾つかのゲートを通って、ショール達はコロニー内部に侵入することが出来た。基地の所在はグリーンノア市街地から20km程離れた場所にある。5機のMSはコロニー内を飛びながらその基地の場所を目視できるのを確認していた。基地の方からMSが6機ほど接近しているのが、ショールには見えた。ビームサーベルを抜きっぱなしにしておくことは出来ないので、とりあえずビームピストルを右手に持たせておく。脅しにも使えるからだ。6機のハイザックは散開してファクター達を包囲する形を取った。ちょうど、六角形に囲まれた形になる。これでは迂闊に撃っても数倍の反撃が来るだけである。包囲の仕方に統制が取れている・・・ショールはそう感じた。この先にいるのはやはりバスクか?
「オレとショールは1機ずつやる、イゾルデは固まって1機をやれ、確実にだ!」
 包囲されたときは各個撃破、ファクターはセオリーを遵守するように指示した。他にいい方法はないだろう。
クレイモア隊は3方に散った。



 イゾルデ隊は3機一斉に、コロニーを壊さないように威力を調整したビームライフルを発射した。さすがに3機同時攻撃をかわせるパイロットはそうはいない。ハイザックは撃破された。ショール、ファクター両機もビームピストルを放ってそれぞれの相手を撃破する。しかし、敵は6機で、ファクター達は3方に散開している。敵の方が3機余っているのだ。当然の事ながらその3機からマシンガンが斉射される。
 ショールにはその内の一機からの攻撃を受けたが、なんとほぼ全弾を回避してしまった。機体を時計回りに回転させつつ、上下に、前後に動いた。この回避運動はかなりのGがパイロットにかかるが、ショールにはそれを克服する体力と集中力があった。彼ならではの独創的なMS操縦である。この回避運動こそが、ショールをエースたらしめんとするアイデンテティなのである。彼にとっては姿勢制御バーニアも自分の手足のように操るのだ。尋常ではない。ファクターはシールドを持っていないリックディアスの左手を前にかざしながら左右に動いた。ファクターは攻勢においては素晴らしいほどの運動をするが、守勢では堅実な運動を忘れない。堅実であることも、生き残るために、エースであるために必要な資質であった。
 そして、ファクターはエネスのように呼吸を熟知しているパイロットだ。自分が動くことによってマシンガンの威力を散らしておいて、少しずつ前進して、確実なまでに接近するとビームピストルを放ち、敵機を撃破する。6機のMSはたった1分で撃破されてしまった。

 グリプスの外壁を破り、内部に侵入したフランベルジュ隊は、夜の市街地上空を飛んでいた。既に時間は23:52を刻んでいた。ナリア・コーネリア小隊長は、指揮下にある2機のネモに通信を送った。
「エストック隊が敵防衛網を引きつけてくれている。こんな簡単なミッションをしくじるようならお前らは研修所送りだからな!基地を目指すよ!」
 ナリアは普段から豪気な女性パイロットとして、エウーゴでも有名である。酒は呑むし、喧嘩もする。しかし、女性として見ないと怒り出すときすらある人物だが、面倒見がよく、優秀なので誰もが認めているパイロットである。彼女もファクターと同じく、一年戦争を生き延びたパイロットである。彼女は素直な人間なので人物そのものの評判もいい。実弟マチスはそんな恋愛も知らないような美しい姉が好きだった。
「了解!」
 マチスとアルツール両軍曹はそんあ姉御肌の隊長に従った。フランベルジュ隊がMSの襲撃を受けなかったのは、エストック隊の優秀さの賜物である。基地が見え始めてきたのはその1分後である。ちょうどその頃は、エストック隊が6機のMSによる包囲を突破したときだった。
「おかしいな・・・いくら手薄だからって重要な拠点の防衛ががこの程度か?」
 ナリアは怪訝に思った。ファクターと同じく、彼女もここの怪しさに疑問を持っていた。カメラで拡大してみた。しかし、基地周辺には人1人いなかった。


「おとりに引っかかったのはこっちだったって訳か・・・くそっ!」
 リックディアスから降りたナリアは、誰もいない基地を見て、足元にあった石を蹴った。跳ねた石がアルツールの右足にぶつかる。パイロットスーツの上からなので、痛くなかった。
「中を見るよ、マチス、お前はここに残って、連絡係だ!」
 そういうと、アルツールを連れて基地内部に入っていった。中央管制室にも人はいなかった。そこでアルツールは指揮官席の所から不審な音が聞こえたように思えた。
「隊長、ここ!」
 指揮官席の下にあったモノを見て、アルツールは悲鳴のような叫びを上げた。
「うわっ!シャレになってないよ!」 
 ナリアが見つけたのは時限爆弾である。タイマーは既に3分を切っていた。
「解体してるヒマはないな、出るよ!!!」
 ナリアは走り出した。
「姉さん、大丈夫かな?」
 エストック隊との連絡のためネモのコックピットに待機していたマチス・コーネリアは呟いた。マチスはある意味無鉄砲に見える姉が心配だった。ここの配属になって、いわゆるお目付役のようなモノを親からいいつかったのだ。心配性なマチスは親から言われなくともそうするつもりではあったのだが。すると、マチスの姉とアルツールがなにやら叫びながらこちらに近付いてくるのが見えた。ネモのハッチは開きっ放しだったが、高さがあるのでナリアの声は聞こえにくかった。
「爆弾だ、すぐに待避するよ!あと30秒だ!」

「ショール、そろそろだぞ!」
「了解!」
 ショールには基地が目視できていたが、その周辺にMSが3機、立っていた。その中にリックディアスを確認した。
「フランベルジュがいます。任務達成のようですね?」
「いや、何かある・・・そんなに手薄なモノか!」
 ファクターが呟いた後、フランベルジュ隊のMSが一斉に飛び出した。
「エストックより、フランベルジュ、何があった!?」
 ファクターは叫んだ。尋常ならざる事態だ、そう理解した。
「やられました、爆弾です!中はもぬけの殻でした!あと10秒です!」
 ナリアからの応答である。
「何!ずらかるぞ!」
 ファクターはまたも叫んだ。爆発の規模は不明だが、基地そのものはコロニーから見れば小さい。基地を破壊するのが目的ならコロニー全体には影響はないだろう。まさか、毒ガスではあるまいな?ファクターはそうでないことを祈った。

 日付はUC.0088、4月11日に変わった。大きな爆発が起こったが、大方の予想通り、コロニー全体には大きな影響はないようだ。
「やってくれたな、バスクめ!」
 ショールはそう言わずにはいられなかった。他のパイロットは無言だった。おそらく、8日の遭遇戦でこちらの行動が筒抜けになってしまったのが原因だろう。ショールにとって、その遭遇戦は親友との再会の場であり、作戦失敗のきっかけとなった痛烈な出来事となってしまった。
「ティルヴィングに帰投するぞ・・・」
 ファクターは沈痛な面持ちで、全パイロットにそう言った。

 15分後、エストック、フランベルジュ、イゾルデ各隊は入港を終えたティルヴィングに帰還した。その後艦長室に呼ばれたファクターとナリアは、ログナー艦長に今回の作戦の結果報告を行った。
「もぬけの殻だったか・・・遭遇戦が痛いな。バスクはどこかに移ったか、艦隊がこの有様では調査はできない。とりあえず、グリプスの基地化を遅らせることは出来るだろうし、地球降下作戦時に戦果の影響は出るだろう。MSを15機も潰せば充分だろう。 完全失敗ではない、気にするな。出来るだけの補給をして月に帰るぞ、ご苦労だった。」
 報告を受けたログナーは言って、2人を退出させた。

 続いて、ショールとレイが艦長に呼ばれた。
「ショール・ハーバイン中尉、レイ・ニッタ少尉両名、参りました。」
 艦長室のドアをノックをしたショールが、大声を張り上げた。
「入れ」
「失礼します!」
 ショールとレイは2人声を合わせて入室した。
「8日の遭遇戦にて戦闘したジムクゥエルについて聞きたいことがある。」
 ログナーの質問の意図が、2人には分からなかった。
「ニッタ少尉が戦ったのはパイロットはエネス・リィプス連邦軍中尉だな?」 
 ログナーはさりげなく、言った。ショールが、レイから艦隊を襲ったMSがエネス機であったことを聞かされて、ショックではあった。本気で自分たちを殺そうとしたのである。ショールには信じられなかった。
ショールは視線を足元に落とした。
「はい、間違いないでしょう。戦艦を2隻、あっと言う間に落とせるパイロットはそう多くはいないでしょう。」
 レイは悔しそうに言った。勝つとまでは行かないまでも、撃退しただけでも大金星であったであろうが、レイには敵が退いてくれたと言う方が適切なように思えた。実際は限界までエネスを追いつめたレイの手柄であったのだが、自機の損傷がひどく、その後の作戦に参加できなかったことがレイには何より悔しかった。
もっとも、レイがその後の作戦に参加していても結果は変わらなかったであろうが・・・
「識別コードから見て、そのクゥエルの母艦はサラミス級『ニューデリー』であることが分かっている。ニューデリーはかつての私の部下だったモートン少佐が率いている艦だ。彼は決してティターンズの下僕ではない。むしろ、私と彼は連邦内部の改革を指向していたのだ。その手段が違うだけで目的は同じなのだ。殺すな。決して殺してはならん。連邦が間違わないようにするためだ。いいな?」
 ログナーはそう言うと2人に退出を命じ、2人は敬礼して退出した。

 自室に戻ったショ−ルはベッドに横たわって考えた。ログナーの意見には賛成だった。ログナーとモートンは自分とエネスの関係とも同じなのだ。境遇も非常によく似ている。内部から改革しやすいように外部から揺さぶるのがいいのかな、エネス・・・ショールは自分の思い出の中のエネスにそう問いかけた。

 レイは自室に引き取らず、MSデッキにいた。自分が壊したMSをずっと見ていたのだ。そのレイにチーフメカニックであるエリナ・ヴェラエフ曹長が近付いてきた。 
「あら、自分のMSが心配かしら?」
 レイは無理に笑顔を作ってエリナに応えた。
「悔しかったな。自分の愛機を壊しちまった・・・整備、手伝うよ?」 
 エリナは首を振って応える。
「MSを直すのが私の仕事、疲れを取るのがあなたの仕事でしょ?」
 そういうと、エリナはレイ機の整備に向かった。入れ替わりに、ナリアがレイに話しかけてきた。
「レイ、エースとやりあったんだってな?よく撃退できたじゃないか。」
「冗談!戦艦2隻を守れなかったんですよ?オマケに愛機はコレだ!なんだかなぁって思っちゃいますよ。」
 レイは長い銀髪を揺らす美しい中尉をみて(この人は外見と中身が180度違う人だけど、いい感じだな)と不謹慎なことを思いつつ、言った。
「いいエースになってくれよ、楽になるからね・・・どうだい、一杯付き合わないか?」
 とナリアが予想外な話を持ちかけてきたので、レイはその話に乗ることにした。今の自分は、まともな思考が出来ない・・・疲れからか?それとも・・・酒が必要だな・・・レイは苦笑してナリアの申し出を受けた。その後、レイは一杯どころか十杯は付き合わされることになる。


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