第01章 遭 遇

 サイド7は月とは地球を挟んで反対方向にある。かつてジオン公国の本拠地があったサイド3からは最も離れたコロニーサイドである。そのためサイド7はMSのテストなどの秘密行動が行われることが多い。サイド3は潜在的に反地球連邦思想を持っているのだ。

 遊撃任務部隊クレイモア隊旗艦「ティルヴィング」はサラミス改級巡洋艦「トリスタン」と「イゾルデ」の2隻を随伴し、UC0087.4月2日付で月を進発した。クレイモア隊が月を進発した次の日、全パイロットがブリーフィングルームに召集された。 ブリーフィングルームの正面には大きな液晶スクリーンがあり、ログナー艦長とファクター大尉がスクリーンの前に立っている。ショール・ハーバインをはじめとする他のパイロットは2人と向かい合うように座っている。
「現在我がクレイモア隊は衛星軌道を通ってサイド7ラグランジュポイントL3宙域に向かっている。ティターンズの軍事拠点の一つであるグリプスのティターンズ基地を強襲する。」
 艦長はまず簡単に任務を説明した。(要するにこの隊は便利屋なんだな)レイは遊撃部隊の意味を察した。
「3月始め、グリプスからアーガマ隊によってガンダムMk-IIが奪取され、アーガマ追撃隊が出ている。
 バスク大佐の部隊はまだグリプスに残留しているらしいので、コレを叩く。バスク大佐倒せば状況は大きく変わる。追撃隊の足を鈍らせる目的もある。敵戦力はハッキリしていないがそれほど多くない、勝算は十分にある。」
 ログナーはそう言うと、スクリーン横の席に座った。代わりにファクターが説明を続ける。
「バスクはグリプスそのものを基地化するというウワサもある。ここで叩かないと30バンチの二の舞を演じるコロニーが出ることになる。先鋒はエストック小隊、フランベルジュ小隊は基地側面から叩け。トリスタン・イゾルデ隊はエストック小隊の援護だ。アーガマは既に月に到着しており、状況によっては追撃隊が一度グリプスに帰投する可能性がある。それをふまえた上で行動しろ。この作戦を実施できるのは俺たちだけだという自信を持て。以上、解散する。」
 全員が敬礼して、ブリーフィングが終了した。皆が退出してゆくのをレイは見送った。
「2度目の実戦か・・・」
 特に感慨があったわけではないが、レイは何気なく呟いた。

 UC0087年4月8日、クレイモア隊は衛星軌道を通ってサイド2.6があるラグランジュポイントL4宙域に到着していた。地球を挟んで反対側にあるサイド4を経由する経路もあった。戦後この宙域には連邦の基地が設営されており、ティターンズの部隊も駐留している。ここを経由して足止めを喰うわけには行かなかったので、サイド4経由を回避したのである。このころ既にアーガマは月面都市アンマンでラーディッシュとの合流を果たしていた。そして、エウーゴ参謀本部が連邦の本拠地ジャブローへの降下作戦を決定し、その命令は全部隊に伝達されていた。

「艦長、参謀本部からレーザー通信による電文が入っています。『ジャブロー降下作戦実施時においてもクレイモア隊は引き続き任務を続行せよ』以上です。」
 ティルヴィングの通信士ミカ・ローレンス軍曹がログナー艦長に、通信内容を報告した。
「了解だ、軍曹。」 
 ログナーはそうとしか応えなかった。クレイモア隊が任務継続を命じられることをログナーは予想していた。MSを地球に降下させるだけではジャブロー降下作戦を成功させることは出来ない。大気圏突入時に襲撃されるのはわかっているから、少しでも敵戦力を減らしておくべきなのだ。降下前に手傷を負うわけにはいかないのである。ジャブロー降下作戦の失敗は許されない。エウーゴはいつまでも地球にへばりついている連邦の体質そのものを攻撃対象にしなければならない。ティターンズの機動兵力だけを破壊してもまた第2のティターンズたらしめる存在を生み出すだけなのだ。そのためには本拠地ジャブローを押さえておく必要があった。

 サイド2宙域を通過して4時間ほどが経った。一年戦争時にジオンの毒ガス攻撃で全滅したこのサイドは、少しずつではあるが復興が進んでいる。限られたラグランジュポイントを無駄に使う手はないのである。5年前から実施されているコロニー再生計画に伴って復興が開始された。サイド7宙域まではあと2日あれば到着する。作戦実施まで日は浅い。戦時中に散布されたミノフスキー粒子の影響でレーダーが効果を持たなくなってしまった宇宙で、クレイモアMS隊は周辺宙域の哨戒を欠かすわけにはいかなかった。エストック小隊はトリスタン、イゾルデ隊に続いて3番目の哨戒に出撃していた。

 ティルヴィングはちょうどサイド2とサイド7の中間地点に当たる宙域に差し掛かっている。エストック小隊はそこからサイド7方向に15kmほど離れた宙域を哨戒していた。
「ここはティターンズの宙域だ。今まで何もなかったからって油断すんじゃないぞ、レイ!」
 ファクターの怒声がレイのヘルメットの中に響いた。レイはこの隊長の低く響く声が実戦に便利ではあるが、好きな声ではなかった。だから、なるべく怒鳴られないように常に自分のベストを尽くそうと心がけていた。その時、小隊右翼を固めるレイ機のモニターに光が見えたような気がした。
「大尉、2時の方向に光を確認!」
「2時?距離は分かるか?」
「レーダーが使えませんから詳しくは・・・しかし、そう遠くはないですよ。」
 レイはノーマルスーツ内で首筋のところが汗ばんでいるのを感じながら叫んだ。自然とレバーを握る手にも力が入る。レイはそれを自覚していた。
「よし、2時方向に向かうぞ!」
 ファクターがそう命令すると、ショール、レイ両機が復唱してこれに従った。今度はファクター、ショール機でも光る何かを確認することが出来た。レイは間違っていなかった。
「こっちにも光が見えた、ありゃぁMSだ。通信可能な場所まで後退するぞ。」
 しかし、そのファクターの指示は無駄に終わった。いくつかの光がこちらの方向に向かってきたのである。
「数は6機!勝てない数じゃないが、後退するぞ、レイ!」
 いきなり名前を呼ばれたので、レイはビクついてしまった。緊張状態であるから、レイがいつものレイらしくなくなるのも無理はない。腕が立つとは言え、実戦はまだ2度目なのだ。敵MSは3機ずつに別れて、一つのグループはエストック小隊の前から、もう一つが退路を断つために後方に回り込むような動きを見せた。
「機種はハイザック5機、アンノウン(正体不明機)1!」
 レイは機種をコンピュータで照合して叫んだ。ハイザックはティターンズの主力MSで、シルエットを見ただけでも分かる独特のフォルムを持っている。しかし、前から来る3機の中に見覚えのない機体の姿があった。
「Vフォーメーションで行くぞ、レイはショールと前の部隊をお出迎えだ。オレは後方の部隊を叩く!」
 VフォーメーションはVの字の形で散開して戦う隊形である。レイ一人に一部隊の迎撃を任せるのは不安があった。だからファクターはショールをレイのフォローにつけたのだ。自分なら囮くらいの役割は果たすことが出来る。

「レイ、行くぞ!」
「了解だ!」
 レイは「死に装束」に続いた。敵MS隊が近くに見えるようになった。その時に敵MS隊からビームの閃光が数本走った。狙いは大きく逸れたから、威嚇射撃であることがレイにも分かった。
「アンノウンは後ろにどっしりと控えてやがる、ハイザックをやるぞ!」
 「死に装束」から通信が入って、レイは了承した。とにかく数を減らす方が先だ。ハイザックはショール達の正面から接近している。
「投降しろ!数が違うんだ!」
 ハイザックのパイロットから通信が入った。この宙域はそれほど濃いミノフスキー粒子が散布されてはいないようだ。続いて通信が入る。
「武器を捨てて・・・・白いディアス??」
 2機並んでいたハイザックのうち、片方の機体に「死に装束」が信じられないような速さで接近して、ビームサーベルで両断した。そのハイザックのパイロットは断末魔の叫びをあげることすら出来ず、宇宙の闇の一部になり果てた。
「相手を見て降伏勧告しなっ!」

 

 その情景をレイはもう一機のハイザックのビーム攻撃をかわしながら見ていた。そして相手の隙を見てビームピストルを2発、発射した。そのうちの1発はハイザックの右腕に命中した。これでハイザックはビームサーベルしか使えなくなった。あとは間合いを取って攻撃すればいい。レイの上手さはここにあった。コックピットを狙うよりよほど効果的だからであり、別に人命を云々という考えではない。戦場で人が死ぬのが当然であることはレイは重々承知しているのだ。直後、それを証明するように、今度は胴体めがけ射撃して、ハイザックを粉砕した。
「2機目っ、ノックダウン!」
 レイは体内にアドレナリンが充満しているのを自覚して、叫んだ。2機目というのはレイの通算スコアである。その時、後ろにいたアンノウンが動き出したのを確認した。先程のことといい、レイはめざといと言うか、目が良かった。それまで自分でも気付かなかったことだ。
「ショール、アンノウンが動くぞ!」
 そうレイが言っている間にも、アンノウンは少しずつ接近していた。今になってようやくその正体が分かった。やはりハイザックなどではない。濃紺の−−−いわゆるティターンズカラーというやつである−−−ジムだ。コンピュータが出した照合結果はRGM-79Q、ジムクゥエルである。(待てよ・・・)レイは躊躇した。クゥエルは3年前の機体である。なにせ、UC.0084に発足したティターンズが最初に正式採用したジムだ。配置状況から見てコレが隊長機だろう。それが旧型のMSなのは不自然だ。
「カスタム機・・・」

 ファクターは3機のハイザックを相手にしていた。機体スペックはリックディアスの方が遙かに高い。しかし、3対1である。普通なら勝ち目は薄い。しかし、ロイス・ファクター大尉は違った。一年戦争から数えて26の撃墜スコアを持つ歴戦の勇者である。小隊指揮官としても一流の腕を持つパイロットだ。ファクターは乗機の前でハイザックが3方向から包囲しようとする動きを読めた。
「各個に撃破だ!」
 背部バインダーに装備されている2つのビームピストルを両手に構えて、右方向のハイザックに斉射した。ハイザックを粉砕した後は時計とは逆方向に進んだ。次は中央の機体だ。ビームライフルを左右に動いてかわすと、ビームピストルを乱射して2機目を撃破した。最後に残ったハイザックが後退を開始したが、ファクターは逃がさなかった。逃がしてしまうとせっかくここまで隠密行動をしていたのが水の泡になってしまうからだ。
「ラストだ!」
 リックディアスは左腕のピストルを背部に戻し、ビームサーベルを抜き放った。スラスターを全開にして接近して、横にサーベルを振り払う。直後にはハイザックは火球に変わっていた。
「ふぅ・・・早く通信を確保しなきゃな・・・」

「カスタム機・・・」
 旧型でもカスタムすれば基本スペックの差など問題にはならない。あとはパイロットの問題だ。そしてカスタムマシンを使うのはエース級のパイロット・・・やるしかない・・・レイはそう確信した。ショールも同じ事を考えていた。
「先手を打つ!」
 ショールは叫んで、ビームピストルを発射させた。クゥエルは上昇してそれをかわすと、90mmマシンガンを放つ。
「よけるんだ!」
 ショールは自分に言い聞かせた。「死に装束」は上下に動いて機体を回転させながら全弾を回避する。ショール・ハーバインならではの回避運動だ。射撃戦では埒があかない・・・そう感じたショールは、自機のスラスターを全開に噴かし、ビームサーベルを抜いた。クゥエルもビームサーベルを抜いてそれに応じた。2度、3度と剣同士が弾き会う。「死に装束」もサーベルで突きを繰り返して、大きなダメージを負わせようと攻撃した。その全てはクゥエルがサーベルで受け止めていた。
「この突き・・・この運動・・・貴様、ショール・ハーバインかっ!」
「エネス・リィプス!?ティターンズに入っていたか!」
 クゥエルのパイロットからの通信に、ショールは驚いた。エネスは士官学校時代のライバルで、同時に最高の親友でもあった。操縦の腕もシミュレータでの対戦成績は19勝21敗とショールですら勝ち越すことは出来なかった男である。
「エリートになって、ティターンズとはいい身分だな、エネス!」
 ショールは親友に呼びかけたが、応答はなかった。返事の代わりにビームサーベルが「死に装束」に振り下ろされるが、その程度の攻撃を避けられないショールではない。しかし、その攻撃はショールの注意を引き寄せるための手段だった。その隙にマシンガンを放った後、クゥエルは反転して全速力で離脱した。ショールはそれを追わなかった。

 レイは2機のあっと言う間に終わった戦闘を見て、ただ呆然としていた。横槍を入れることすら出来なかったのだ。


第01章 完   TOP