序 章 クレイモア隊

 悲しいかな、人類の歴史から戦争の二文字が無くなったことはない。戦争という概念が人類特有のモノであったからなのであろうか。人類がその生活の場を宇宙に移して80年が過ぎてもそれは変わらない。
生物の進化は数万年単位で行われる。人類が戦争という呪縛から逃れて進化するのに同じだけの年月が必要だとすれば、それはあまりに救いがない。それとも人類の進化は戦争という言葉を廃することではないのだろうか。

 宇宙世紀0079に起こった「一年戦争」・・・それが残した傷跡は7年の月日が流れても消えることはなかった。この戦争で人類はその人口の半数を失ったのである。そのキズを癒すには、7年という月日はあまりに短すぎた。戦争の犠牲になったのは何も地球とスペースコロニーだけではない。月もまた、戦争という時代を生きた人がいる場所である。

 かつてジオン軍が軍事拠点を置いていたグラナダも、その一つである。グラナダには反地球連邦組織エウーゴの参謀本部があり、エウーゴの作戦行動の全てはここで決定される。
「レイ・ニッタ少尉、4月1日付でクレイモア隊に転属とする」
そんな辞令を受け取る青年がいた。その青年は長い黒髪を揺らしながら、参謀本部の廊下を歩いている。
「お偉方は何を考えているんだか!」
 青年レイ・ニッタは不機嫌であった。言葉を漏らさずにはいられなかった。レイは3日前にMSパイロットとしての初陣を生還にMS一機大破というオマケまでつけて飾ったというのに、いきなり転属を命ぜられたからである。軍隊生活が短いレイには、転属という言葉が左遷と同義語のように感じられた。レイは士官学校卒業後、MSパイロットとしての適性とシステム工学に通じている点を認められて、月の企業 「アナハイム・エレクトロニクス」にMSのテストパイロットとして出向していた。だから軍隊生活は決して長くない。2年の期間を経てようやくグラナダに戻ってきたばかりのレイにとって、この辞令はあまりに急すぎた。レイに言い渡すときの上官の態度も気にくわなかった。
「実力を認められて前線に転属になった」
 レイは士官用ビュッフェに入ってからそう思うことにした。だいたい、クレイモア隊などという部隊も聞いたことがない。どんな任務を言い渡されるやら・・・レイは不安になった。その不安を取り払うようにコーヒーを喉に流し込んで、その黒い瞳を天井に向けた。

 月面都市グラナダの宇宙港に、一隻の灰色の艦が停留している。両翼に伸びたカタパルトデッキの存在から、その艦がMSを搭載しているのが判る。アイリッシュ級宇宙巡洋艦「ティルヴィング」がその艦の名前である。レイ・ニッタはそのティルヴィングの艦長室にいた。
「レイ・ニッタ少尉です。よろしくお願いします。」
 レイは敬礼して挨拶した。
「艦長のノルヴァ・ログナーだ、あまり堅くならんでいい。これからは自分の家も 同然なんだからな。」
 ログナーはそう言って敬礼した。この精悍な顔つきの艦長は見る者を緊張させる魔法でも持っているのだろうか、レイはそう思った。実際に話してみると、その考えは消えてはいるが・・・
「君の経歴などは見せてもらったよ。士官学校ではMSのシミュレーションもトップだったそうだな。アナハイムでのテストのデータも見せてもらった。いい人材だ。」
「ありがとうございます。しかし、理論と実践は違いますから、自信はありません。」
「試してみるか?」
「は?」
 意外な答えにレイは思わず素っ頓狂な返事をしてしまい、はっとなった。
「本艦は5時間後に抜錨する、サイド7に向かってな。その前に君の腕を見せてもらおう。まぁ、入隊の儀式みたいなモノだと思ってくれ。1時間後MSデッキに来い。」
「儀式・・・ですか、了解しました。」
 レイは敬礼して退出した。

 近くにいた女性士官にMSデッキへの行き方を教えてもらい、そこに向かった。まだ配属されたばかりの部隊である。不安でもあったが、MSに乗れることがうれしくもあった。レイはテストパイロットとしてアナハイムに出向命令を受けたとき、喜んだモノである。自分のMSを創りたい、その夢があったからこそシステム工学などを勉強したのである。
 女性士官が要領よく行き方を教えてくれたおかげで、レイはすぐにMSデッキに行くことが出来た。MSデッキにはエウーゴオリジナルのMS、RMS-099リックディアスが4機並んでいた。他にも量産型MS、MSA-003ネモが3機並んでいる。レイはリックディアスのうち1機だけが、真っ白なカラーリングを施されているのを見つけた。他の3機はレギュラーの黒である。レイはそのリックディアスをしばらく見た後、近くにいた整備兵を捕まえた。
「今日配属になったレイ・ニッタ少尉だ。チーフメカニックはどこだ?」
「ヴェラエフ曹長なら『死に装束』にいますよ。」
 整備兵は白いリックディアスを指さして言った。
「死に装束・・・あのリックディアスか?」
「旧世紀のニホンでは棺桶にはいるとき白い服を着たそうですから。」
「あぁ・・・わかった」
 レイはそれだけ言うと、身体を白いリックディアスに向けた。

「ヴェラエフ曹長ってのはどいつだ?」
 リックディアスの足元に来たレイはそう叫んだ。すると、1人の女性が白いリックディアスのコックピットから降りてきた。年の頃はレイと同じくらいの金髪の女性である。レイは(おっ、オレのタイプ)と正直な感想を心の中で述べた。
「私がエリナ・ヴェラエフ曹長だが、あなたは?」
 いぶかしんだような表情で女性はそう言った。
「今日このクレイモア隊に配属になったレイ・ニッタ少尉だ。ここに来るよう艦長に言われたが」
 レイはこの女性士官に心中を悟られないように努めた。 
「あぁ・・・あなたが新任の少尉さんですか、艦長から連絡は受けています。新入りの少尉殿のリックディアスを見せてやれってね。」
「オレのリックディアス?」
「右の新品ですよ。」
 エリナはそう言ってグレーのリックディアスの一機を指した。
「今からあなたはコレにのって、あの白いリックディアスと模擬戦闘をやってもらいます。」


 レイとエリナはレイの乗るリックディアスの調整作業をしている。レイはプログラム自分用に調整していた。
「少尉殿はさすがにコックピットの調整は手慣れたモノですね。経歴通りなんですね?」
 エリナは、レイの手際の良さを見て驚いた。ここまで出来るパイロットはそう多くない。
「自分でMSを創ってみたいと思わないか?」
「あぁ・・・わかります。じゃあプログラム作成なんかもできるんだ?」
「アナハイムで試したさ。でも、理論は理論、そう簡単には行かないな。それに、パイロットをやってもエースになれず、技術者としても整備員以下って言う器用貧乏はいやだ。だからパイロットをやるんだよ。」
 プログラム補正を終えたレイは、肩をすくめて言った。エリナの方もコックピットの調整を終えたようだ。自分と同じ歳で隊のチーフメカニックをやるだけあって、エリナの手際の良さは、アナハイムの技術者に引けを取らないな、レイはそう思った。

「少尉、用意はよろしいですか?」
 コックピットにエリナの声が響く。レイのリックディアスと白いリックディアスは、月面都市グラナダから北へ20km程向かったところにある訓練場にうってつけの場所にあった。今では使われていない採掘場らしい。訓練に使う弾などもペイント弾だし、ビームは全天周囲モニターには映るが、実際には出ない。特に危険はないはずだ。(しかし・・・)レイは思った。レイは白いリックディアスのパイロットとは一度も会っていない。自機をカラーリングするようなパイロットである。並のパイロットではないだろう。
 レイは思考を続けた。訓練開始まであと1分となった。レイはグリップをしっかり握りしめた。何のことはない、テストパイルと同じなんだ。相手なんて関係ない・・・そう思うことにした。弱気は勝利を遠ざけるのだから。

 模擬戦闘開始。まず、レイは白いリックディアスを見据えた。まだ動く気配はない。こちらを誘っているのだろうか?レイは仕掛けてみることにした。ペイント弾が装填されたクレイ・バズーカを相手に向けて放った。その後、レイは驚愕した。クレイ・バズーカを構えた瞬間、「死に装束」は信じられない速さで突進してきて、撃つ瞬間、レイから見て左に水平移動してバズーカをかわした。更に、反時計回りにレイの後方に回り込もうとしながらビームピストルを放ってきた。まずい、そう思ったレイはリックディアスを右前方にある岩で出来た遮蔽物に隠れさせようと小さくジャンプした。

 レイの座席の下を、コンピュータグラフィックスで出来たビームの矢が通過した。モニタには「DAMAGED」の表示はない。レイ機は遮蔽物に隠れることが出来た。射撃の精度はともかく、前進速度はレイの想像を遙かに超えていた。コレがエースの操縦か、レイは思った。推力も若干強化されているようだ。レイは次の行動に移るためにすべきことを逡巡した。
 相手の攻撃は決して精度が自分とは違うようには見えない。こちらが相手の動きを読んで、補足さえすれば何とかなる。レイの頭の中にあったテスト気分は消えていた。スピードの速い相手には、やはり接近戦しかない、相手が接近してきたときが勝負だ。レイは肝を据えて、いつでもビームサーベルを抜けるようにした。といっても、実際にビームの刀身が出るわけではなく、モニタにコンピュータグラフィックスでできた刀身が映るだけである。柄の部分はそのままを使うわけであるが。レイ機がビームサーベルを構えると、再び「死に装束」は突進してきた。先程より速かった。相手もサーベルを抜いているようだ。モニタには2本のビームの刀身が映っている。自分と相手のモノだ。
 あれだけのスピードで90°曲がることは不可能だ。そう思ったレイは、迷わずジャンプしてビームサーベルを振るった。しかし、「死に装束」のビームサーベルの方が速かった。レイ機がジャンプした瞬間には、「死に装束」はすでにレイ機の上にいたのである。そこで待ちかまえていた「死に装束」のビームサーベルが、レイ機の右腕に向かって振り下ろされた。レイ機のモニタは「DAMAGED」の文字と機体の損傷度を表示した。
「右腕切断?」
 呆気にとられたレイに、通信が入った。
「模擬戦闘終了、両機とも帰還せよ。」
 エリナの声である。その後エリナの個人通話回線が開かれた。
「経験が浅い割には上々の成果ですよ、レイ・ニッタ少尉殿。」
「右腕がやられた有様でか?」
 レイはヘルメットを外しておどけて見せた。
「フツーのパイロットなら両断されていますよ。」
「そんなにすごいのか、相手は?」
「それは実際に戦った少尉殿の方がご存じでしょ?」
 その後エリナもレイも何も言わなかった。

 MSで歩いて帰還した両機を、整備兵達が出迎えた。両機から2つのパイロットスーツがデッキに降り立った。中にはエリナがいた。
「ご苦労様です、少尉殿。」
 エリナはそう言うと敬礼し、整備兵達に整備を命じた。 エリナが「死に装束」に向かって身体を滑らし始めたとき、「死に装束」から降りたパイロットスーツがレイに近寄ってきて、ヘルメットを外した。年の頃は自分やエリナと変わらない。背中まであるほど長く黒い髪は後のところで束ねられている。蒼い瞳の持ち主で、背丈は自分と同じ175cmくらいだ。
「腕がいいな、歓迎するよ。オレはショール・ハーバイン中尉だ、よろしくな。」
 その青年はそう言って右手を出した。
「レイ・ニッタ少尉です、よろしく・・・まさかそう言われるとは思いませんでしたがね。」
 笑いながら、レイはその手を握り返した。
「このクレイモア隊は中尉のようなパイロットばかりなんですか?」
「この人は別よ。」
 背後で声がした。エリナである。
「特別?」
 レイは背後の急な声に驚いた。
「そう、この人はMSを壊さずに帰還できる人なのよ。」
「ふぅん・・・」
「あ、艦長がお呼びですよ、2人とも。ブリーフィングルームに来てくれって。」

 ブリーフィングルームには6人のパイロットが集まっていた。
「皆に紹介が遅れたが、今日配属になったレイ・ニッタ少尉だ。よろしく頼む。」
 艦長はレイを紹介した。そして、エストック小隊に配属される旨も発表した。
「エストック小隊長のロイス・ファクター大尉だ。さっきの見たぜ。これから鍛えてやるよ。」
 30歳くらいの少し黒みがかった顔を持つ男がそう言って握手を求めてきてレイはそれに応えた。
「オレとハーバイン中尉、そしてお前の3人がエストック小隊だ。チームのチの字もしらんだろうから、みっちり教えてやるよ。」
 ファクターはウィンクしてそう言った。見かけによらず気さくな隊長だ、レイはそう心で述べた。人は見かけに寄らないな、レイはそう思う。ショールにしても、見かけは優男といった印象を拭いきれないが、中身は凄腕のエースなのである。1対1で負けた劣等感より、ショールへの好感が勝った。
「私はフランベルジュ小隊長、ナリア・コーネリア中尉だ。期待させてもらっていいな?」
 そう言われて少しとまどうレイを見て、ナリアはセミロングの銀髪を揺らして笑った。フランベルジュ小隊もエストック小隊と同じく、3人のMSパイロットで編成されている。ナリア・コーネリア隊長の実弟であるマチス・コーネリア、エルウィン・アルツール両軍曹がその構成である。MSはエストック小隊にリックディアス3機、フランベルジュ小隊にリックディアス1機とネモ2機が割り当てられている。
 艦長は、クレイモア隊が特殊遊撃任務部隊として3月に隊が発足した事などを話してくれた。なんでも、エースパイロットやエース候補を集めた部隊であるらしい。特殊任務・・・どんな任務だ?レイはその疑問が頭から離れなかった。母艦についても説明してくれた。「ティルヴィング」はアイリッシュ級の試験艦を改修したモノであるという。1番艦アイリッシュロールアウト後、2番艦の生産が開始されたが隊発足まで間に合わず、ティルヴィングが正式に2番艦として就航することになったのだという。
 フランベルジュ小隊の面々も、レイにとっては印象は悪くなかった。いい職場かもな、レイはそう感じた。エリナと親しくなりたいという下心もありはしたが、後日エリナがショールの婚約者だという事実を聞いて、唖然とすることになる。


序 章 完    TOP