機動戦士ガンダム0088外伝〜Out of Standard〜
第一話  規格外の男

『マコト・ハヤサカの個性こそ、アナハイムが数多く産み出した規格外製品のなかでも最たるモノである』

 月のフォン・ブラウン市にあるアナハイム・エレクトロニクス本社ビルの中で、彼はそう評され、そして有名人であった。手入れされていない中途半端な長さの髪と緩んだネクタイ、そして白衣というアンバランスな風貌が特異な第一印象を与えることがしばしばあったので、一度その目に見たら彼という人物を二度と忘れられないのだ。
 技術者の制服が白衣であるというわけでもないのに、わざわざ白衣を普段から着用しているのは、スーツ姿はもっと似合わない、つまり”白衣の方がまだマシ”ということを自分自身で理解していたからである。
 28歳とアナハイムの技術者としてはかなり若い部類に入るが、年齢の若さなど無関係に高い能力を持った人物であるといって良かった。その証拠に、社内での風聞はハヤサカの奇抜な個性そのものに対してであって、彼を無能呼ばわりする人物は皆無だった。
  大学でシステム工学を専攻するまでのハヤサカはまさに”ただの人”であり、周辺の人間にこれといった期待を抱かせるわけでもなく、また失望させることもなかった。しかし、ハヤサカの経歴は大学に在籍中、とある教授に出会ったところから特異なモノに変わっていった。のちに大学を卒業したハヤサカは、その教授の勧めで月に本社を置く大企業アナハイム・エレクトロニクスに就職していた。

それから5年が経った宇宙世紀0085年7月19日・・・

「ハヤサカ君、昼寝の邪魔をして済まないが・・・」
 アナハイムビルの1階にあるラウンジでひとり、ランチタイムの残り時間を居眠りに浪費していたハヤサカに声をかけたのは、白髪の老人だった。いや、老人と言うには少し早いかも知れない。彼もまた、ハヤサカと同じく白衣を着ていた。
「ロット先生・・・あ、いや・・・課長・・・」
 ロットと呼ばれた初老の男は、おはようございますというハヤサカの寝起きの挨拶を苦笑して聞き流した。このハンス・ロットこそがハヤサカの恩師であり、また、アナハイムにこの異才を招き入れた人物なのである。
 この男はもともと、一年戦争勃発の5年前にジオン公国から亡命してきたシステムエンジニアで、戦中に連邦のモビルスーツ開発にも一役を買った人物だった。戦前から連邦に招聘されるまでフォン・ブラウン市立大学で教鞭を執った時期があって、そこでハヤサカと出会った。そして、のちにアナハイムに招聘されたロットは、卒業したばかりのハヤサカを呼び寄せた。つまりロットという男は、ハヤサカの人生の中でももっとも特別な存在だったのである。
「君は大学時代から、まったく変わらないな・・・良いところも悪いところも。」
「脳細胞も、たまには休ませてやりませんとね。」
 冗談めかしたハヤサカの意識は、既に覚醒していた。もともと熟睡していたわけではないので、その分覚醒も早いと言うことだ。
「物は言い様だな。」
 言いながら、ロットは断りもなく向かいの席に座ったが、ここは公共のラウンジであってハヤサカの所有物ではない。ハヤサカは黙って頷いていた。
「軽い話をしにきたわけでもなさそうですな・・・何事です?」
「実はな、我々システム開発3課に新しい仕事が入りそうなんだ。」
「新しい仕事・・・今度は何ですか。自動掃除ロボットですか?」
「ははは、そんなモノもあったな。」
 自動掃除ロボットというのは、ハヤサカが入社して最初に開発に携わった製品であり、彼の名前が社内に知れ渡ったきっかけになった曰く付きの作品であった。結局そのロボットは採用されずじまいで、そのロボットの試作品は、今もシステム開発3課のオフィスを好き勝手に掃除して回っている。余談になるが、採用されなかったことの背景にはアナハイムの社史に残ってもおかしくないほどの恥ずかしい理由があったと言われているが、それを知る者はほとんどいない。もっとも社員の受けが良かった噂には、
”強盗犯が家に侵入してきた際に自爆するようにプログラムされていたからだ”
 というのがあったが、ハヤサカ自身はそれを否定している。もっとも、ハヤサカの否定がどのくらいの説得力を持っていたのかという疑問の回答は、今の社内の噂話に耳を傾けている人物だけが知っていた。
「いや、今度はモビルスーツの開発だよ。」
「ということは、新型ですな?」
 ハヤサカは顔に満面の期待を沸き立たせて、身をテーブルに乗り出して詰め寄った。
「エウーゴからモビルスーツ開発製造の依頼があってね。」
「エウーゴ・・・」
 ハヤサカは、昨年辺りからエウーゴという反地球連邦組織が活動を始めているのを聞いたことがあったが、その詳しい内情は知りようもなかった。しかし、そんなハヤサカやロットにも、アナハイムがエウーゴのパトロンになっていることくらいは解っていた。さしずめアナハイムは、悪く言って死の商人といったところであろうか。
「なんでも、ガンダリウム合金に改良を加えられた新素材が実用化されたとかで、他の部門も今は大わらわだそうだ。」
 他の部門とはつまり、設計、材料開発、装備といったモビルスーツ開発部に属するチームだ。このエウーゴ用モビルスーツの開発にともなって、これまではいろんなジャンルを取り扱ってきたシステム開発3課も、その中に組み入れられることになったのである。モビルスーツ開発が今後のアナハイムの大仕事になるであろうことは、そういった部門の拡張から容易に想像することができた。
 ジオンからの亡命者であるロットはともかくとして、ハヤサカは未だ、モビルスーツという一種の工業製品にかかわったことがなかった。それ故に、ハヤサカの知的好奇心は風船のように膨れ上がるのだった。
「ほお・・・新素材を使ったモビルスーツですか。そりゃもうモビルスーツの歴史を塗り替えるようなモノになるんでしょうなぁ・・・」
 実感こそわかないが、ハヤサカにはそんな予感があった。そしてその予感は、次のロットの言葉で少しずつ実体を帯びてくるのだった。
「なんでも、あのナガノ博士も、本腰を入れてこの計画に参画するらしい。」
 M.ナガノ・・・アナハイムに所属している人間で、この名を知らない者は皆無だと言っていいほどの有名人である。その質と量は、アナハイム本社ビルの中で人格に対する悪評と二人三脚をしているハヤサカとは、別次元のモノだ。
「なるほど、それだけアナハイムはこの計画を重視しているってことですか。それは楽しみだ。」
「他人事のように言うな。君だって開発チームに参加するんだぞ。」
 それはまさに、言葉による奇襲と言って良かった。ハヤサカは最初は何気なく頷いていたが、その言葉の意味を理解してすぐ、自分の好奇心という風船の中に入っていた空気が水に化学変化したような重苦しさに似た錯覚に陥っていた。
「え、オレが?」
 驚くのも無理からぬことだった。ハヤサカは今まで、モビルスーツにかかわる仕事をしたことがなかったからだ。そんな自分をいきなり抜擢するというのは、いささか信じがたい事だった。だが、それは決してハヤサカ自身にとって不愉快な話ではない。責任ある立場というモノから出来るだけ無縁でいたいという、ハヤサカのわがままがあっただけのことだ。
「別に、君がシステム開発を取り仕切るわけじゃない。それは私の仕事だからね。」
「ん〜しょうがないですな。社命とあっては逆らうわけにもいかないし・・・」
 ハヤサカがあっさり引き下がったのは、その脳の中にある知的好奇心ゆえだった。自分の知らないモノをいじくり回すことの快感はハヤサカにとって刺激的で、かつ魅力的だった。
「そういう台詞は、ほんとうに”しょうがない”という顔をしてから言うんだな。」
「あれ、顔が緩んでるように見えます?」
「朝起きて顔を洗うときにでも、今のことを思いだしてみるんだな。」
 この瞬間、ハヤサカはアナハイム・エレクトロニクスモビルスーツ開発部システム開発3課プロジェクトGシステム設計班主任補佐という、本人ですら記憶できそうにないほどに長ったらしい肩書きを背負うことになったのである。


 ロットの話によると、ハヤサカの仕事は大まかにわけてふたつあった。ひとつはいうまでもなく、設計部門から提出された要望書に従って、機体運用の全てを司るオペレーティングシステムの構築を行うことである。モビルスーツ開発に初めて携わるハヤサカ個人にとってそれが困難であろう事は容易に想像がついたが、アナハイムという企業は過去にも既にモビルスーツ開発に実績を残しており、厳密に言えば、ロットがシステムの基礎部分を作っていると言うことになり、ハヤサカは過去のデータから切り貼りするだけで良さそうだった。
”きっと良い意味でも悪い意味でも、独創的な製品にするに違いない”
 という、周囲の人間のハヤサカに対して抱いている先入観は確かにあったが、ハヤサカの独創という種が芽を出すには土も肥料も、そして水さえも足りなさすぎたのが現実であった。最初、ハヤサカはロットの指示通りに過去からのデータを集め、それを集約することに従事していたのである。
  もうひとつの仕事とは、装備課から設計課を介して提出された武装プランに沿って、システム面でそれが実現できるかどうかを吟味することだ。オペレーティングシステムは機体の全てを統括するためのシステムであって、当然の事ながら、武器を扱うための火気管制システムもその中に含まれている。こればかりはハヤサカの過去の実績はなんの役にも立たず、ここでもまた、ハヤサカの独創の入り込む余地はなかった。ハヤサカには、まだこれから勉強をしなければならないことが山積みだったのである。もし、その武装プランをサポートするだけのシステムを構築できれば良し、できなければ修正案を出して装備課の連中に妥協させるのである。

 ハヤサカが現在の、あのややこしい肩書きを背負い始めてから、2週間が経過していた。アナハイムはさすがに仕事が早く、既に工業製品としてのモビルスーツの企画案はほぼ完成していた。その企画書は設計課が他の部署からのプランを統合して作成したモノであり、ハヤサカはそれをシステム開発3課のオフィスで読んでいた。
「開発コードがガンマガンダムとは・・・こりゃ景気のいい名前だな。」
 ハヤサカはその名前を、かなり気に入っていたようだった。引き続き、仕様書に書かれている予定スペックにも目を通す。
「なるほど、新素材が軽量化されたから、その分だけ推進剤と推進機を余分に積載することで、航続距離と連続稼働時間を引き延ばす・・・やっぱりそう来たか。」
 軽量、堅固、加工しやすいというこの合金の特製を知ったとき、実はハヤサカも、似たようなモノをイメージしていた。問題は火力と機動性の比重である。ハヤサカには、もう少し火力に比重を置いても良さそうな気がした。装甲材が軽くなると言うことは、同じ大きさのモビルスーツだと従来のモノとは機動性が違う。その原因のひとつは、ジェネレータをより強力なモノを搭載できると言うことだ。そうすれば強力なビーム兵器でも携行できるようになり、それでもって機動性は従来のモノとはそれほど変わらない。
 しかし、この企画案を見たとき、ハヤサカのイメージが素人考えだということを痛感していた。やはり、汎用モビルスーツは機動性などが重要なのであって、火力の優先順位はそれほど高くないのである。
 そしてガンマガンダム開発チームは、その意味でも優秀だった。機動性は従来のモビルスーツを遙かに凌ぎ、火力でも決して引けは取っていない。つまり、機動性を高めた上で、高い水準での均整を得ることを考えたのであった。
「ふむ、武装は・・・ビームピストルに、ビームサーベルとバルカン砲か・・・でも、なんでビームライフルじゃないんだ?」
 ハヤサカは、このたび助手にすえたジョン・マツダに尋ねた。このマツダという男は、日焼けしたかのような浅黒い肌と幅の広い、いかつい体格の持ち主ではあったが、その反面口調は穏やかな人物だった。ハヤサカより2年遅れで入社したが、その実、ハヤサカの次にシステム開発3課に入ってきた直接の後輩であり、ハヤサカは何かと私生活の面で面倒を見ていた。
 ハヤサカがマツダを登用したのは、そういう外見と中身のギャップがあったがゆえのことではなく、物事を堅実にこなすという意味ではハヤサカよりも高い能力を有していたからだ。助手をさせるには、絶好の人材と言えよう。
「ビームライフルじゃないと、嫌ですか?」
 マツダが問題にしているのは、恐らくハヤサカの好みの問題なのだろう。
「アホ、そう言う問題か。モビルスーツの武器に関しちゃ、オレは素人に毛が生えた程度なんだ。オレが言っているのは、ビームライフルではダメなのかと言うことだ。」
「・・・ビームピストルというのは、ジムが装備していたビームスプレーガンとビームライフルの中間みたいな、新しい武器だそうです。」
「えらい中途半端だなぁ・・・」
「まぁ、それはそうなんですが・・・視点を変えますと、ビームライフルよりもエネルギー消費が少なくて済む上に、ビームスプレーガンよりも強力であると言った方が良いかも知れませんよ。」
 マツダの言葉に、そう言う見方もできるなと頷いていた。
「エネルギー消費が少ないと言うことは、一度のチャージで弾数を増やせると言うことか・・・それはいいが、ひっくり返せば射程距離が短くなるってことだろう。」
「仕様通りであれば、多少短くなる程度のようですが・・・問題はないと思いますよ。」
「装備課の連中も、暇なのか忙しいのかよくわからんなぁ・・・」
 ハヤサカのぼやきから、その中にある雨雲のような重苦しい何かを感じられたので、マツダは聞いてみることにした。どうもハヤサカは柄にもなく、言いたいことを飲み込んでいるように見えるのである。
「それでハヤサカさんは、このモビルスーツの何が気に入らないんですか?」
「別に気に入らないってわけじゃないんだが・・・機体設計のコンセプトなんかも大したもんだと思える。ただ・・・」
「ただ?」
「オレが期待していたのとは、少し違うんだよ。なんというか、革新的な武器を搭載しているとか、もっと凄いのかと思った。」
(相変わらず正直だなぁ・・・)
 マツダは苦笑しながらも、心の中でため息をついていた。ハヤサカの仕事というのは、機体の設計仕様に沿ってシステムを構築することなのだ。しかもハヤサカは、モビルスーツ開発に関してはチームの中でももっとも経験の浅い人物であり、彼の意見するところではないのである。
「例えばこのバルカン砲・・・」
「バルカン砲が、どうかしました?これは新しい古いにかかわらず、今のモビルスーツならみんな標準装備していますよ。」
 ハヤサカとて、それくらいのことは承知している。いくら実績がないといっても、今回の開発チーム参加に先だって、モビルスーツ開発の基礎知識くらいは調べてあるのだ。
「そう言う問題じゃない。オレがシステム開発に携わる以上、細かな部分で、システムによってパイロットを少しでも助けてやりたいんだよ。」
「それをバルカン砲でやりたい、と?」
「あぁ、バルカン砲というのは、実戦では使いにくい兵器だけど、なかったら困る・・・そうだな?」
「そうらしいですね。」
「だから、パイロットの負担を減らすように、システムの側である程度はバルカン砲の制御を任せても良いんじゃないか、と思うんだ。」
 ここにきてマツダは、ハヤサカの悪い病気が始まったと心中で呟いた。こうなってからのハヤサカは、納得できるまでとことんやらないと気が済まないのだ。


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