機動戦士ガンダム 0088番外編(前)
〜ミッション・ゼロ〜


 「一年戦争」が人類に残した傷跡は深かった。この戦争で人類はその人口の半数を失ったのだ。
しかし、それは何もBC兵器やコロニー落としだけが原因ではない。戦争という行為そのものが人類にとっては脅威なのだ。
寒さから身を守り、闇をうち払い、肉を焼くために人類は火をおこした。その後、人類は生き抜くためにいろいろなモノを産み出してきた。西暦の終わりに、人類が新たなモノを産み出し、古きモノを排出する事で
地球が疲れ果ててしまうまでになった。

人類はまだ産み出し続けるのか?

人類のためにはまだ産み出し足りないのか?

これ以上モノを産み出して何の為につかうのか?

その明確な答えは誰にも分からない。それは人類が宇宙に生活の場を移した時代でも、変わらない。

一年戦争当時に開発された人型汎用兵器「モビルスーツ(MS)」・・・その人類に新たに産み出されたモノは明らかに戦争のための道具であった。そういった軍事技術の進歩は、ただ戦争の規模を拡大するだけであるのに・・・人類全体がコレに気付くには、まだ時間が必要なのだろうか?


その一年戦争から3年の刻が流れた・・・


 ショール・ハーバインは緊張していた。宇宙世紀0083年3月にニューオリンズ士官学校をNO.2の成績で卒業し、いよいよ配属が明日決まるからだ。卒業式を終えてからの3日間は休暇だった。事務処理とは時間のかかるモノだ。その3日をショールは士官学校の寮の自室で1人で過ごした。卒業しても数日の間に寮を出ればいいのだ。今考えてみると無為な一日の連続であった。今までの疲れもあって、最初の一日は寝て過ごした。しかし、その後は特に何もなかった。電気バイクで周辺を走り回ったりもしたが、ここ数年で何回も走った場所である。すぐに飽きてしまった。ショールの蒼い瞳がベッド横のテーブルの上にある写真に向いた。2人の男女が写っている。男の方はショールだ。1年前の写真だ。校舎の中庭で友人に撮って貰ったモノだ。
「エリナはどうしてるかな?」
自室のベッドに寝転がったショールは士官学校の1年下の後輩であり、恋人でもある女性のことを考えた。休暇の間に逢っても良かったのだが、エリナは自分とは違い、最終学年になったばかりで、今忙しいのが分かっていたから遠慮していたのだ。
「アイツはメカニックのエキスパートだからな・・・パイロットのオレと違って卒業しても基地任務だろうか?」
(一緒に仕事が出来ればいいな)
 という都合の良い考えをしていたが、そんなご都合主義が通るはずがない。オレのMSをエリナが整備する様になったらいいな・・・ショールのご都合主義的考えはまだ続いていた。学校の規則のせいで、まだ一度もエリナと身体を重ねたことのなかったショールの考えがエリナとの行為にまで及びそうになったので、慌てて思考を戻した。

 ショールが緊張していたのは、初々しさからではない。一年戦争が終わった後での入隊である。どんな任務があるかの想像がつかない。
ジオン残党の討伐?
十分にあり得るが、その討伐が終わったらどうなるのか?
 戦争の終わった後の軍隊ほど無意味なモノはない。ジオンを討伐している間に新たな外敵が現れるのか?
これも十分にあり得る。しかし、自分個人としてはジオンとは戦いたくはなかった。ショールはスペースノイドのために戦う事を目標として、地球連邦軍に入ったのだ。人類の大半が宇宙に住んでいる以上、政治の中心が未だ地球にあることは不自然だ。
 ジオン公国がスペースノイドの独立をかけて戦争までしたのに、それが失敗してしまった・・・その現実は、連邦の体質改善こそスペースノイドのためになることをショールに気付かせた。内部から変えていかないと、問題の根本的解決にはならないのだ。風邪薬で症状を抑えても、病原体は体の中に生きているのである。再発を防ぐためには体質を変えていかなければならない、それがショールの見解だった。

 士官学校時代の親友、エネス・リィプスも、それに賛同してくれた。そのことを語り合ったランチタイムを、ショールは忘れないし、エネスもそうであろう。エリナは「ショールについていくわ」とまで言ったのである。この3人の堅い絆は、きっと実を結ぶだろう・・・3人はそう思っている。
「そういや、エネスも明日が配属日か・・・」
 そう呟いたとき、時計が00:08を表示していたので、ショールは睡魔に身を委ねることにした。日付は3月30日に変わっていた。部屋の電気が消えると、デジタル時計の光だけが、部屋を薄く照らしていた。

 06:00にアラームが鳴った。熟睡できたショールは元気にベッドから起きあがった。08:00には教官であったカークランド軍曹の元に行かなければならない。普通の卒業生ならば卒業時に配属が決まってるのだが、ショールやエネスのような主席クラスの場合は少々事情が違うようだ。
 特にトップだったエネスなどは、どこの部隊でも欲しがるような人材であるから、なかなか決まらないのだそうだ。それは自分も似たような状況ではあるが・・・
「行くか!」
 時間はまだ余裕があるので、制服に着替えた後、教官室に行く前に食堂で朝食を採ることにした。

 ニューオリンズ士官学校は一年戦争終結後に新設された士官学校である。建物が新しいので食堂は極めて衛生的であった。ショールはそんな食堂が好きだった。多くの学生が外食に行ってしまうので、ランチタイムでも食堂には人があまりいない。ここで3人で話すのが好きだったのだ。もっとも、朝から外食する人間は士官学校にはいないから、ショールが食堂に到着した頃には学生でごった返していた。
 トレイを持って朝食を受け取ると、ショールは空いている席を探した。すると、偶然にもショールが見覚えのあるセミロングの金髪を見つけた。髪の長さでは2人ともほとんど同じだ。教官に「髪を切れ」ときつくではないが言われたことが幾度かあったが、ショールは滅多には切らなかった。人に髪を触られるのが嫌だったし、
この髪型が好きでもあったからだ。
「よっ!朝飯か、エリナ?」
 女性の後ろから肩を2度叩く。女性は振り向かなかった。
「あなたと違ってみんなはこれから教練なのよ。私はもうじき食べ終わるから10分くらいならOKよ?」
 エリナは振り向かずに空いている隣の席を親指で指して、言った。その女性の髪は、昨日ショールが見ていた写真そのままだ。07:00には点呼があり、その30分後には教練が始まる。朝食は6時起床以降で点呼に遅れないまでなら、いつ朝食を採ってもいいことになっている。ソレを思い出したショールは、10分でもいいと思った。一目エリナと逢ってから教官室に行きたかったのだ。
「じゃぁ、失礼して・・・よっこらせっと」
 わざとらしく言って、ショールはエリナの横に座った。向かいの席が埋まっていたのが残念ではあったが、隣が空いていただけでも儲けモノだな・・・とショールは思った。
 朝食はトーストとベーコンエッグ、サラダだった。

「相変わらずいい食べっぷりだな?」
 ショ−ルはエリナの元気な食べ方が好きだった。軍の食事でも見ているだけで美味そうに食べることが出来るのは、エリナの特技のようなモノだ。
「どうしたのよ、今更!」
 トーストにかぶりついたエリナが、不満そうに言った。ここ1年間ほとんど毎日一緒に食事をしてきたのだ。今になって何を言い出すの?更にエリナはサラダにフォークをのばす。
「いや、今日でしばらくは一緒にメシ食えないだろ?」
「そうね、わたしが卒業しても一緒の職場とは限らないモンね。」
 エリナのフォークが動きを止めた。エリナは別に気付いていなかったのではない。今まで彼女が敢えて話題にしなかっただけなのだ。エリナは話題をエネスのことに変えることにした。
「2人とは言わずエネスも一緒だったら爆笑モノね?」
「あぁ?それはいいな、大歓迎さ。俺達の目標が早く達成できる。」
 ショールはそれ以上は言わなかった。誰がこの会話を聞いているか分からないからだ。自分はともかく、エリナが在学中に周りからの印象を悪くするのは良くないことが分かっていたからだ。軽々しく言っていいことではない。その後の会話はいつもと同じ様な他愛ない会話だった。

 エリナとの朝食を終えたショールは、空き始めた食堂でコーヒーを飲んでいた。時間まで移動時間を考慮してもまだ30分あった。食事を片付けている人間の中には親友の姿があった。
「おい!エネス!」
 短いブロンドの髪を持った青年が、ショールの方を振り返った。
「ショールか、やっぱりいたな」
「まだ時間はあるからな、ここのまずいコーヒーとの別れを惜しんでいたところさ。」
「まずいコーヒーならまだ配属先でも飲めるんじゃねぇの?」
 エネスの間髪を入れない答えに、思わずショールは吹き出した。エネスが空いたショールの向かいに座る。
「違いない」
 ショールはそう言うと、2人で同時に笑い出した。
「ソレよりも、ショール?」
 エネスの表情が少し真剣味を帯びてきたのに気付いたショールは、表情をエネスと同じにした。
「どうした?」
「聞いたか?」
「何をだよ?」 
「ジオン軍の奴らの中に一年戦争後に月に潜伏した奴がいるって言うのをさ、どう思う?」
 エネスの一言に、ショールは残りのコーヒーを飲み下して答える。
「聞いちゃいないが、あり得る話だ。フォン・ブラウンは中立だしな?」
「そこの部隊が優秀な人材をたくさん欲しがっているんだってよ。」
「!!・・・じゃあひょっとしたら?」
 何かに気付いたショールを見て、エネスは少し表情を崩した。
「そう、同じ配属かも知れないぞ!」
「ハハァ、そりゃいいな!エリナがいれば完璧だけどな!」
「皮算用をするなよ、予定は未定さ」
 エネスが肩をすくめて、両手を肩の高さまで上げて言った。
「そりゃそうだ。なんせ、どうやらオレ達は優秀な人材らしいからな。取り合いが激しいんだろ?」
 ショールはテーブルから身を乗り出した後、少し声を落とした。
「宇宙からでは連邦は変えられないな?」
「あぁ、でも今は我慢だ。性急な・・・」 
「行動は身を滅ぼす」
 エネスの台詞は途中からショールの台詞と重なった。エネスがよく言った言葉だったからだ。
「そう言うことだ。おいショール、時間だな?」
 腕時計を見て、エネスがショールに呼びかけた。
「そういや、もうそんなモノか!一緒に行くか」
 2人は立ち上がって、食堂を出た。

 「エネス・リィプス、ショール・ハーバイン両名、入ります!」
「教官室」と書かれたプレートの付いたドアをノックして、2人は教官室に入った。中には数人の教官が立っており、真ん中にある大きな事務机と椅子を占領している男が、椅子から立ち上がった。
 「ご苦労、これよりエネス・リィプスとショール・ハーバイン両名の人事を伝える。」
その男はアゴの下に髭を蓄えた、スキンヘッドの中年である。いかにも現場からの叩き上げという印象の強い、迫力のある教官だった。この男がカークランド軍曹、エネスやショールが所属する組の担当者だった。
教練の時は何かと優秀なこの2人をしごいたモノである。別にエリートに対する劣等感とかそういう下劣な感情から出たモノではなく、優秀であるからこそ一人前の軍人になって欲しいという一種の親心のある教官だった。カークランドは言葉を続ける。
 「両名は、4月1日付をもって連邦軍少尉としてグラナダベースMS隊に配属、これが辞令だ。」
鬼軍曹の言葉は極めて手短だった。横にいる教官から2通の書類を受け取り、2人に渡した。書類を受け取った2人は、その後敬礼した。軍曹もそれに合わせて敬礼する。
 「お前らはよくやった。オレが教えた中で最も優秀な生徒だった。連邦の次代を担ってくれ。」
カークランドはこれまでの厳しい表情を崩して、ニカッと歯を出して言った。口下手で不愛想な軍曹からこんな感情のこもった言葉を聞くのは、2人にとって初めてだった。
 「3年間お世話になりました、教官!」
2人は退出した。

教官室を出た後、ショール・ハーバインとエネス・リィプスの姿は誰もいない食堂にあった。朝の賑わいがまるで嘘のようだった。
 「聞いたかよエネス、あの軍曹の最後の言葉?」
エネスに向かってそう聞いたショールは、コーヒーを舐めるように口に入れた。
 「ああ、長い説教かと思わせておいて、アレは卑怯だよな!
 アレでオレ達が感動して泣くのかと思ったのかね!」
エネスは既に笑いをこらえることができず、コーヒーカップをテーブルにおいていた。ショールが表情を戻して切り出した。
 「しかしだ、いい具合に同じ配属になったモンだな?」
 「全くだな。狙い澄ましたようにピンポイントだ!MS隊か・・・実戦の機会なんてあるのか?」
エネスはジオン軍残党が月に潜伏している可能性は認めていたが、今の時期にMSなどの武力をもって行動を起こす可能性は信じてはいなかった。残党の数より、ジオンが一年戦争に投入した戦力の方が圧倒的だったのは明白だ。現時点での武力蜂起は無意味だ、イタズラに人が死ぬだけだろう。自軍の戦力が不利な状態なら、相手の勢力が分裂するか衰退した隙をうかがうのはいわば当然の論法ではあるが、まだ行動を起こす時期ではないように思えたのだ。エネスにはそう思う根拠があった。一年戦争の失敗があったからこそ、2人は連邦の改革を目指しているのだ。
 「月でもまたよろしくな、エネス?」
 「今更何を言い出す?」
ショールが急にらしくもなく律儀なことを言ったので、エネスはいぶかしんだ。
 「さぁな」
そう言うとショールは右手をエネスに差し出した。エネスは苦笑しながらも、それに応えた。
 「シミュレータ勝負では負け越したけど、今度は撃墜数で勝負だな・・・先に死ぬなよ?」
少し皮肉っぽく、ショールは言った。 
 「言うじゃないか、貴様!」
エネスは少し冷めたコーヒーの残り全てを、喉に流し込んだ。まだ、コーヒーは少し熱かった。


月面都市グラナダはかつてジオン軍の重要な軍事拠点として大規模な基地が設営されていた都市である。一年戦争終結後、その基地は地球連邦軍に接収され、そのまま連邦軍が使用している。戦後、ジオン軍という大きな脅威がいなくなった地球圏において、連邦軍は軍縮どころか、数量的に膨張するだけであった。その大きすぎる武力は一体どこに向けられるのであろうか?
 宇宙世紀0083、10月31日、昼。ショール・ハーバインとエネス・リィプスがグラナダベースに赴任して半年が経過した。2人は同じMS隊に属していたが、同じ戦場に立つどころか、グラナダではジオン軍残党との戦闘は皆無であった。休暇を取っていた2人は、軍宿舎にあるショールの自室にいた。
 「聞いたか、エネス・・・地球じゃぁ、なんかとんでもないことがあったみたいだな?」
 「あぁ、ウワサ程度ではあるがな。箝口令と情報統制の網の目をくぐって、よくここまできたもんだ。」
ショールは、2週間ほど前にオーストラリアで起こった試作MS強奪事件のことを言っていた。
強奪されたMSがどんなMSかを知っているのは、ごく一部の者だけである。一パイロットである2人が知っているはずがない。しかし、ジオン軍残党を名乗る者が強奪したMSである。
圧倒的戦力差をひっくり返すような程ではないにしろ、何らかの目的があり、それを達成するために必要な行動であるのは確かであろう。その目的とは?エネスは考えた。情報が入って3日間の間、ずっと考えてきたが、その答えを見出せなかった。
しかし、テロによって起こされた行動は、結果的にはテロしか産み出さない。
たとえどんなお題目を掲げようとも、である。その時、ショールの部屋のコールが鳴った。電話がかかってきたのだ。ショールは受話器を取る。。
 「ハーバイン少尉です・・・はい?・・・どこですか?・・・了解しました。」
しばらく相槌を打っていたショールは、復唱すると電話を切った。
 「どうした?」
ショールはエネスの質問に答えず、深刻な表情でテレビモニタのリモコンを操作して、テレビをつけてチャン
ネルを合わせた。テレビに映っているのは頭のはげ上がった中年の男と、銀髪を束ねたジオン軍兵士が映っていた。そして、エネスはその後ろにある白い物体を見て驚愕した。
 「ガンダム・・・」

『地球連邦軍、並びにジオン公国の戦士に告ぐ。我々はデラーズ・フリート!』
 テレビの中の中年の男がそう宣言した。
「デラーズ・フリート・・・・」
 ショールとエネスはその名前を、口を揃えて言った。
『・・・3年前のあの日、スペースノイドの自治権確立を信じ、あるいは祖国の行く末を案じ、戦いの業火に焼かれていった 憂国の士のことを!そして今また、敢えてその火中に飛びいらんとする若者のことを!』
『・・・スペースノイドの、心からの希求である自治権要求に対し、連邦がその強大な軍事力を行使してささやかなるその芽を摘み取ろうとしている意図を証明するにたる事実を、私は存じておる!』
『見よ、これが我々の戦果だ!このRX−78GP02Aは、核攻撃を目的として開発されたモノである。南極条約違反のこの機体が、密かに開発された事実をもってしても、呪わしき連邦の悪意を、否定できる者はおろうか!!』
 その演説は連邦の公用通信回線に無理矢理割り込ませたモノであった。
『今、若人の熱き血潮を我が血として、ここに私は、改めて地球連邦軍に宣戦を布告するモノである!!』
 2人にとって、いや、一部を除いた連邦の全将兵にとってその内容はあまりに衝撃的すぎた。
「核攻撃??」
「何を言っているんだ?」
 2人もそのいきなりすぎた宣戦布告に、ただ呆然とするだけであった。
「こうまで堂々と・・・よくやる!!」
 エネスは拳を壁に叩き付けた。その拳は震えていた。
「馬鹿な!今更核なんかで何をするつもりだ!連邦もジオンも!」
 ショールもまた、苛立っていた。行動に移す時期が、ショール達にとってはあまりに早すぎると感じられた。
「初陣の時が来たようだな・・・ショール?」
 エネスは震えた声でショールに言った。勿論恐怖から来る震えではない。怒りである。
「あぁ、らしいな。月に潜伏している奴らも、これを期に決起するな・・・」
「でも、たかが一発の核で地球連邦を叩けると思うのは正気じゃないな・・・何が狙いだろう?」
 エネスは腕を組んで、考え込み始めた。こうなってしまうとなかなか周りの声には反応しなくなるのを知っていたから、ショールはエネスに返事を返すのをやめた。
「狙いは観艦式か・・・核一発で戦力差をどうにか出来るとすれば、戦力が最も集中した状態を狙わなければ ならない・・・」
 しばらく考えたエネスは、結論ををショールに言った。
「なるほど、さすがだな、エネス。だとすると観艦式は確か11月10日・・・時期的に辻褄が合うな・・・明日からは忙しくなりそうだな!?」
「そうだな、あとはデラーズ・フリートの戦力だ。こればかりはその時にならないと分からないだろうな。ま、お互い生き残ろう。結婚前に未亡人を出したくないだろう?」
エネスは少し意地の悪い顔をして、ショールに言った。
「まったくだ、お前も妹の結婚までは死ねんだろうが?」
 ショールはそのままエネスに反撃した。エネスもそれには表情をこわばらせたが、別に怒った訳ではないことはショールには分かっていた。
「とりあえずオレ達は目の前の敵を倒すことだけを考えた方が良さそうだ。あんまり勘繰ると戦闘に集中できなくなる。」
 エネスはこれ以上深く考えるのをやめようと、自分に言い聞かせた。
「さ、俺は帰るよ。今から寝ておくことにする。邪魔したな?」
 エネスは手荷物を持って、椅子から立ち上がった。
「いや、気にするな。じゃぁな」
 エネスはそう言って、帰っていった。
「エリナ・・・オレは・・・いや、いいか」
 ショールはそう呟くと、ベッドに寝ころんで、写真を胸ポケットから取りだした。その写真に写っているショールとエリナは、笑っていた。

 ショール達が予想したとおり、次の日からは目が回るような忙しさだった。部隊編成や観艦式当日の哨戒プランなど、やるべき事がたくさんあった。ショールとエネスはまだ新米パイロットなので、それほどややこしい事を決める立場ではない。命令されるだけの気楽な立場なのだ。
 それでも、フォーメーションや実戦訓練で時間のほとんどを使わなければならなかった。UC.0083、11月5日には、月を進発して観艦式が催されるコンペイ島に向かわなければならなかった。コンペイ島(旧ソロモン)までは、月から衛星軌道を時計回りに進めば約3日で到着する。8日に到着して、観艦式当日までは哨戒任務に就かなければならなかった。ショールとエネスが所属する第312哨戒小隊は、サラミス級巡洋艦「オンタリオ」に乗って11月5日に月を出た。そして11月8日に、コンペイ島のあるサイド1とサイド4があるラグランジュポイントL5宙域に到着した。その過程では特にジオン軍の襲撃を受けることはなかった。別に運がいいわけではない。敵がこの観艦式が目的であるならば、全戦力を一度に投入してくるのはいわば当然の戦略である。戦力の逐次投入というのは戦力が強大な場合に使う戦略なのだ。
 オンタリオがコンペイ島に到着した頃、既に観艦式に参加する艦隊の大部分が集結していた。それから観艦式前日までは特にジオン軍の襲撃はなかった。しかし、観艦式当日になって、デラーズフリートに合流すべく、各地に散っていたジオン軍の戦力がここコンペイ島に集まり始めていた。とはいえ、散発的な攻撃で揺らぐほど連邦軍の物量は少なくはない。それぞれが各個撃破されていくのが関の山だった。それで連邦の上層部が安心し始めた頃、デラーズフリート本隊がコンペイ島に向かって侵攻してきたのである。ちょうどその本隊の右舷方向にて哨戒行動を行うべく発進準備をしていたのが、ショール達第312哨戒小隊であった。ショールとエネスはまだこれまで戦闘を行っていなかった。オンタリオが行く方向には敵がたまたまいなかったのである。
「312小隊、出撃だ!」
 オペレータの声がショールとエネスのパイロットスーツに中に響き渡る。その声が綺麗に聞こえたのは、宇宙にいるせいなのか、それともショールが初陣によって緊張していたからなのであろうか?
エネスはいつ通り冷静だった。いよいよか、そう思った程度である。その肝の据わり方はさすが士官学校首席といった所か。
「ショール・ハーバイン少尉、ジム改出ます!!」 
「エネス・リィプス、ジム出るぞ!」
 2人を含めた4機のジム改が、オンタリオから飛び出した。ショール・ハーバイン、エネスリィプス・・・21歳での初陣である。


後編「ミッション・ファースト」に続く