第24章 アンサー・フォー・エネス

 宇宙世紀0087年9月11日、サイド3・24バンチコロニー警備隊の蜂起は、クレイモアMS隊によって速やかに鎮圧された。首謀者であるクレメンス少佐を始めMSのパイロットは全員死亡、残ったムサイ級チゴイネルワイゼンの乗組員35名と基地内に残留していた兵士14名は武装解除した。しかし、基地にはもう1人、ショール達を待っていた人物がいた。

「そう、警告だ。エウーゴの上層部に気をつけた方が良い。」
 私服の男、ユリアーノ・マルゼティーニはショールとエネスを見据えながらも簡潔に言った。
「・・・・・・・・・・・・・」
「連中をハナっから信用してはいないつもりだが?」
 エネスだけがユリアーノに返答を返す。
「いや、お前達は何も判っていない。クレイモアという部隊は人選、いや設立の段階から既にエウーゴの上層部の”ある意図”が絡んでいる。」
 ユリアーノの語気は少し強まった。
「それは今回のように公に出来ない任務を影で行わせる、つまりは汚れ役をオレ達に背負わせようとしているのだろう?それでエウーゴの正規部隊は手を汚さずに、堂々と大儀を掲げて戦争を仕掛けていられる。」
 ショ−ルが口惜しそうに言った。それはショールの正直な見解を話したモノではあったが、決してユリアーノへの警戒を解いたわけではない。
「クレイモア隊設立の建前は、少数精鋭部隊による単独支援任務・・・お前達は秘匿部隊という建前にまんまとダマされた事になるんだよ。」
「それだけではない、そう言うことなのか?」
 エネスにとってこの言葉は衝撃的であり、またもっと聞いてみたい魅力に溢れていた。それはショールにとっても同じだったので、ユリアーノの言葉を待った。
「まぁ、そう言うことだ。汚れ役を押しつけるだけで済めば良いんだがな。」
「・・・・貴様・・・・何者だ?エウーゴでもそこまで事情に詳しいヤツなど片手の指で数えられるほどしかいないんだぞ。」
「言っただろう。私は諜報組織『ピクシー・レイヤー』のユリアーノだと。」
「『妖精の遊び場』とはよく言う・・・今度はどんな悪戯をするつもりだ?」
 エネスの言い方に段々と怒気が含まれてきた。ユリアーノはそれを察した上で、平然と続けた。
「今回の悪戯は終わった。うかうかしていると、お前達はとんでもないことの片棒を担がされることにもなりかねない・・・さて余計な邪魔が来ないうちに、私はこの辺で失礼させて貰う。」
 ユリアーノが初めて壁から背中を離して、この場を立ち去ろうと歩き出した。直後、その肩を掴んだのはエネスだった。
「・・・エウーゴ参謀本部に情報を流したのは貴様だな?」
「・・・・・・・・・・・・・」
 ユリアーノは黙っているが、何も言えないのではなく何も言わないのだと言うことは、そのユリアーノの余裕ある表情を見ればエネスにはすぐにわかった。
「エウーゴにウソの情報を流して何をしようとしているのかと聞いている!コンペイ島の部隊は出撃していない。いや、この事件そのものに気付いてもいない、そうだろう?」
 そのエネスの言葉を、ユリアーノは驚きを持って迎えた。
「プッ・・・・ハハハハハッ!流石にエネス大尉は鋭い・・・情報通り、いやそれ以上だ。」
 ユリアーノがいきなり笑い出したので、エネスとショールは唖然となった。この男は何をどこまで知っているのだろう?
「オレ達の敵ではない、お前はそう言った。なのにそのオレ達にウソの情報を流して・・・・何が目的だ?」
「・・・ティターンズは無論倒さなければならない。しかし、倒すべき相手はティターンズだけではないと言うことだ・・・じゃぁな!」
「待てッ!」
 ショールが追いすがろうとしたが、エネスがそれを制止した。
「何をするッ!」
「もういい、行かせてやれ・・・・」
「・・・・・・・・・」
 2人を後目にユリアーノが静かに去っていったのを見送り、エネスはショールの耳元で何事かを囁いた。
「・・・・・・・・・」
「ショール、この事はオレ達だけでとどめておこう。」
「・・・解ってる。」
 エネスはショールに言って、レイの方へと歩き出した。2人がやるべき事はまだあるからだ。
「お話は終わりかい、エネスさんよォ。」
 結局レイにはユリアーノ達との会話を聞くことは出来なかった。基地にいた兵士達の武装解除を確認ししていたのである。エネス達が壁際から戻ってくると、管制室のコンソール前で拳銃を構えていたレイが冗談めかして声をかけた。
「まぁな。」
「レイ、さっきの男はな・・・」
 ショールが言いかけて、レイは空いている左手でそれを制した。
「何も言うなって。世の中、知らない方が幸せなこともある、ってね。オレは何も聞いちゃいない・・・おっと、そろそろティルヴィングが来る頃だな。」
 レイは出撃前、とりあえずティターンズを倒してからその後のことを考える、とショールに言っていた。もしもレイが先程の話を聞いていたら、どう思っただろうか?せっかく吹っ切れたレイを再び叩き落とすようなマネは、ショールにも出来そうになかった。エネスはといえば、始めからレイに言うつもりはなかったのだろう・・・ただ兵士達の様子を見据えていた。そして、基地内を探索していたファクターが管制室に入ってきた。ティルヴィングはもうそこまで来ていた。

 ティルヴィングが24バンチコロニーで入港作業を終えたのは、それから20分後であった。それからすぐ、ログナーはアルドラと数人のクルー、そしてミカを連れてティルヴィングを降りた。アルドラと数人のクルーはログナーから任された捕虜の処理を行うために、ミカはログナーの事務仕事を手伝う秘書的役割りを果たすために、それぞれログナーに数歩遅れてエストック隊の待つ管制室へと足を運んだ。
 処理と言っても、無論殺すわけではない。捕虜の尋問を行って、兵士達が今回の事態を引き起こした要因などを調査する必要があった。実を言うと、ジオン共和国の実状には、エウーゴでも把握しきれていない部分が多かった。ジオン共和国は財政が切迫しており、民衆の生活も決して豊かではないことくらいが、確実と言える共和国の情報であった。共和国だけではなく、スペースノイドの全てを数量的に把握しきれていないのが、エウーゴの実状なのである。ジオン共和国は、スペースノイドの住むコロニーサイドの中でも特殊な位置づけにある。だからこそ共和国の人々がいかなる精神的な環境の中で生活しているのか、それをより深く知っておかねばならないのだ。
 管制室に入ると、ログナーはミカと共にエストック隊と合流し、アルドラはティルヴィングのクルーを連れて捕虜を別室に連行していった。捕虜の数が1人とかならまだしも49人に上る捕虜を収容するスペースは、ティルヴィングにはなかった。だから基地内の空いた部屋で尋問をするしかなかった。
「ご苦労だったな、ファクター大尉」
 第一声はログナーの言葉だ。
「ハッ、捕虜は49名で全部。基地内に他には人はおりませんでした。」
 ファクターは敬礼して足早に管制室を辞した。それを見送ることなく、ログナーはショール達に向き直った。
「そうか、大尉は捕虜の尋問をしているアルドラを手伝ってやってくれ。ハーバイン中尉、報告を聞こうか?」

 ショール・ハーバインはウソがヘタだった。隠し事やウソは、ショールにとっては忌避すべき事だった。しかし今というショールを取り囲む状況に置いて最低限付かねばならないウソもあることは、ショールは承知していた。だからユリアーノ・マルゼティーニという人物の名前をログナーには報告しなかった。ショールが報告したのは、あくまで戦闘の結果と管制室の占拠に至るまでの経過報告であった。エネスも自分の立場をわきまえているらしく、意見などを求められない限りは発言を控えていたので、敢えてログナーはエネスに気をとめなかった。
「そうか、MSは全滅、指揮官も戦死か・・・やむを得んな。事が大きくなる前に終わらせたのだから、納得すべきと言ったところだな。」
「はい・・・ところで、コンペイ島の動きはあったんですか?」
 ショールはエネスのいったことの裏付けを取る意味でも、確認しておきたかった。
「いや、ティルヴィングがこのコロニーに辿り着くまでの間には、こちらへ向かってくるようなことはなかったようだな。恐らく我々が鎮圧に向かったという情報を入手して、出撃体制を解いたに違いない。局地的な戦闘はこの際無意味だと思ったんだろうな。」
 なるほど、そう思うのが常識的だな・・・ショールは思った。やはりと思った為にでた溜め息は、ログナーにはショールが安堵したように見えた。向こうがそう納得してくれているのだから、わざわざログナーを混乱させる必要もないだろう。一瞬エネスの方へ目を向けてエネスと目が合うと、ショ−ルはごく僅かに頷いた。エネスも黙ってそれに合わせる。
「よし、これで君らの任務は終了だ。捕虜のことはファクター大尉に任せて、ティルヴィングで休むと良い。中尉は少しだけ残ってくれ。話したいことがある。」
「は、了解です・・・エネス、レイ、先に戻っていてくれ!」
「あぁ、わかった。」
「了ォ解〜」
 エネスとレイは、ショールとログナーを残して管制室を出ていった。コロニーの住人まで巻き込まずに、事態を速やかに収拾できたのだからこれでいいじゃないか・・・ショールも、エネスも、レイも、想いは共通だった。2人をそのままの姿勢で見送ったショールは、ログナーに向き直った。
「で、なんですか、私に話すこととは?」
「捕虜の事について、中尉の意見を聞きたい。」


 ログナーに呼び止められたショールは、ログナーの求められたモノが自分の隠していることではなく捕虜のことについての意見であったので、饒舌になっていた。ひとしきり自分の意見を述べたショールは、隠し事がある人間は饒舌になる・・・それが人間というモノなのだろうか・・・と、そう回顧した。
「そうだな、中尉の意見はよく判った。参考にさせて貰う。後はゆっくり休んでくれ。」
「ハッ、ではお先に失礼します。」
 ショールとの話を終えた後、ログナーはショール達のように休憩をしているわけにはいかなかった。捕虜の尋問に立ち会い、基地内を詳細に調査した後に駐留基地を閉鎖し、この任務の報告書を作成しなければならなかった。捕虜の尋問に立ち会ったのは10分ほどであったが、その尋問の内容は後々に記録が届くはずであるのでログナーは次の仕事に移った。捕虜の尋問の為にティルヴィングから連れてきたクルーを数人呼びつけ、基地内の調査を命令した。ファクターが捕虜の尋問とその後の処理も終えた頃には、既にログナーの基地の調査と閉鎖という仕事は終わっていた。そこまでは部隊指揮官としての責務に忠実であって、ファクターはログナーの事務処理能力の高さに感心していた。
 しかしファクターの感心は、ログナーの事後処理で驚きに変化した。ログナーは尋問を終えた捕虜をそのまま連行せずに、解放してしまったのである。あまりに驚いたファクターは何故かと尋ねた。返答はこうである。
「50人近くになる捕虜を、ティルヴィングには乗せられない。」
 それは確かにそうだ。50人弱に及ぶ捕虜を乗せるとなると、部屋も足りないし、まさか士官食堂に縛り付けて置くわけにも行かない。それに、50人の捕虜が一斉に脱出を謀ったとしたら、阻止する方法は射殺しかない。捕虜をまとめてチゴイネルワイゼンに収容して輸送する方法もあったが、ムサイ級チゴイネルワイゼンは如何に旧型艦といってもジオン共和国の所有物であり、これを接収するわけにも行かない。ジオン共和国はティターンズに協力させられていた事もあり、エウーゴは共和国に配慮すべき点がある。それらを理由に挙げて、ショールはログナーに捕虜の解放を提案したのである。
「しかし、彼らは我々がエウーゴだと言うことを知ってます。捕虜を口止めして解放しても、情報はどこからか漏れます。エウーゴがジオン共和国で戦闘を行ったという事実が広まることは、デメリットが多いように感じられますが?」
「我々はエウーゴであって、ティターンズとは違い皆殺しにもしなかったし、解放もした。情報源があると言うことは、当事者が自由になったことの証明だろう?それともう一つ理由がある。」
「・・・と言いますと?」
「奴らの蜂起はジオン共和国の総意ではない、という事だ。」
 ファクターはこの一言で納得できた。駐留部隊の蜂起という事自体が、一般市民にとっては迷惑だったのである。ティターンズや他の連邦の部隊の武力鎮圧を招くことくらい、普通の市民にだって判る。ただでさえ連邦の共和国への圧迫はここ数年で急増しているのである。これ以上は何も起こって欲しくないのが、今の共和国の民意ではないだろうか?考えがそこまで至ったとき、ファクターにも捕虜の解放は問題ないのではないかと思えてきた。
「なるほど、我々が戦闘で市民を巻き込まなかったことが、この場合生きてくるわけですね?」
「そう言うことだ。わざわざ必要以上の汚れ役をする事もあるまい?」
 ログナーは苦笑した。この任務に引け目を感じていたのは自分だけではない、ログナーもまた同じなのだとファクターは再認識した。
「私は納得しました。しかし、お偉方になんと説明なさるんですか?」
「・・・そうだな・・・・全滅、とでも言うしかないだろうが、正式な報告を求められることもないだろう。せいぜい口頭で『終わりました』程度の報告で済むだろうな。」
「あ、そう言うことですか。まぁそれはそうでしょうな。公に出来ない事件の報告書など邪魔にしかなりませんからね。」
「よし、方針も決まったし事後処理もじきに終わる。グラナダへ帰る準備をするぞ。」

 捕虜を全て解放し終えて、その他の事後処理も全て完了したティルヴィングは、9月12日正午を過ぎた当たりにグラナダへと帰投していた。グラナダへの入港作業を終えて、ティルヴィングのクルーほぼ全員に休息許可を出したログナーを待っていたのは、参謀本部からの呼び出しであった。1時間後に開かれる緊急幕僚会議に出席するように伝えられたのである。それをログナーに言い渡したロレンス大佐も出席するらしく、この時ログナーは報告のために自分の出席が求められたのだと思っていた。そう思う事自体は至極当然のことであり、ログナーにはこの後に待ち受けている事を予想できなかった。

 緊急幕僚会議が開かれる予定である部屋のドアの前で、ログナーは一呼吸をおいてからノックをした。
「入りたまえ」
 不機嫌そうな声であったが、ログナーは気にせずにドアを開けた。
「ノルヴァ・ログナー中佐、参上しました」
 敬礼して、ログナーは入室した。正方形に並べられたテーブルに5人ほどの男性が席を取っており、正面のスクリーンにはログナー自身見たことのない顔が映っていた。それらをいったん見回して、唯一空いている席へと座る。
「ご苦労だったな、中佐。」
 最初にログナーに声をかけたのは、上官であるロレンス大佐であった。その声は沈痛である。
「まずは報告を聞こうか?」
 ログナーの真向かいに座っている人物で、参謀本部制服組の中でもかなり上位クラスの幹部の1人であるクライア大佐が冷静を装った声でログナーを促した。

 ログナーはあらかじめ決めておいたとおりに報告した。報告を聞いているうちに、他の参列者達の表情は重苦しくなっていくのがログナーには判った。
「ほう、部隊は全滅かね?」
「はい、機動戦力を殲滅した後も基地内の人間は降伏勧告に従わずに抵抗をやめず、やむなく全員射殺しました。」
 ログナーは報告を中断して、一端回りを見た。正面スクリーンに映る男性の襟にある階級章が少将のものであるのを、ログナーは見逃さなかった。その男はエイドナ・バルスと言い、ロレンスのクレイモア隊創設を許可した人物であった、いわゆる制服組でもほとんど頂点に近い立場にいる人物で、本人は地球にいる。このスクリーンの映像は地球からレーザー回線を使っての通信であることは、この時に判った。
「まぁそれは問題ではない。むしろ早期解決したという点では、評価できる。流石だな、中佐。」
 バルスはログナーへと見やり、言った。
「は、ありがとうございます、提督。」
「ン・・・そう、それは問題ではないのだ・・・結論から言おう。ロレンス大佐とその麾下にあるクレイモア隊の活動は、以後無期限凍結する事になった。」
「・・・・・・・・・・!」
 ログナーは絶句した・・・いや、するしかなかった。



第24章 完     TOP