第10章 理 由

 UC.0087年5月11日に実施されたエウーゴのジャブロー降下作戦は、ティルヴィングの援護も手伝ってその第一段階を終えることが出来た。ティルヴィングのMSデッキのクル−達には、とりあえずの任務終了の後でも、損傷したMSの補修などやるべき事はたくさんあった。

「そのシステムを使ったら、今度は俺がお前を殺す!」
 レイの身体が、無重力に満たされたMSデッキ内を舞う。壁を蹴ってターンしたレイが、キッとショールをにらみつける。
「俺が作ったシステムだ!俺が使って何が悪い!?」
 レイは自分の怒りをそのまま現すように、右手を横に振りながら叫んだ。いつも軽い印象を持つレイが怒った表情をしているのを見たのは、ショールやエリナは初めてだった。しかし、一見優男にしか見えないショールは、それくらいでは動じたりはしなかった。ショールもまた、本気で怒っているのだ。
「未完成のシステムを積み込んで!あのシステムの自動回避プログラムは、俺の回避運動のデータがベースになっている!お前の操縦との相性が悪かったら、システムに振り回されて死ぬのはお前なんだぞ!」
「・・・・・・」
 レイは言い返せなかった。レイは自分の作ったシステムを試してみたいという子供じみた理由で、自分のMSに未完成のシステムを積み込んだとは言えなかったからだ。
「それとも何か?データ採取を任されてる俺を信用できないってのか?」
 ショールはまた左の拳を握りなおした。
「手前ぇら!なにやってやがる!」
 ショールとレイの口論を中断させたのは、隊長であるファクターだった。
「デッキで喧嘩するバカがいるか!さっさと自室に帰れ!」
 デッキ中央にいたファクターは、隅っこで喧嘩をしている2人を見つけ、慌てて駆けつけてきたのだ。レイの切れた口からは少しだけ血が垂れていたが、ファクターはそれに見向きもしなかった。
「・・・失礼しました!」
 ショールは訳も話さぬまま、震える拳を敬礼する為に開いた。
「お前らの喧嘩の原因なんかは知りたくもねぇ!レイ!そんだけ力が残ってるならもっと戦闘時に集中しやがれ!」
「了解!!!」
 軽く敬礼したレイは、そのままデッキを出ていってしまった。ショールは、自分が怒りにまかせて大声を出したので、自分が秘密にしていた新システムのことを他の人間に知られたのではないかと肝を冷やしたが、ファクターには知られてはなさそうだったので安堵した。デッキの喧噪がそれだけ大きかったのだと思えた。
「ショール、手前ぇも手前ぇだ!こんなところで喧嘩おっ始めやがって!戦闘中にまで持ち込んだら承知しねぇぞ!」
「分かっていますよ。ちょっとアタマに血が上りすぎたみたいです、冷やし てきます。」
「あぁ、そうしろ。お前ぇらしくねぇな、激昂するなんてよ?」
「ええ、自分でもそう思います。」
 そういうとショールは、自分の身体をシャワールームに向けて無重力の中を進ませた。

 シャワールームに入ったショールは、ただ感情にまかせて殴ってしまったことは少しだけ後悔していたが、レイに対する怒りが覚めたわけではなかった。レイは確かに見込みのあるパイロットだが、自分のようなクセのある運動を自分のモノに出来ると勘違いしたままでは、近い内に死ぬことになることが分かっていたからだ。偶然はそう何度も続かないし、偶然に頼っているようでは先は見えない。ある程度技術が上達しても模倣するだけでは、自分自身の向上につながらないからでもあった。
 兵器やシステムなどのハードウェア同士が戦うなど、戦争としてはナンセンス極まりないモノなのだ。
人の理想や思想の衝突が戦争であって、それによってもたらされる結果があってこそ意味がある。レイは操縦技術もあり、システム工学にも精通した人材ではあるが、反面に技術を無意識に崇拝しすぎているのではないかとも思わされるきっかけになったのが、今の事件であった。悪く言えば、ゲームと同じ様な感覚でMSを動かしているように、ショールには見えた。
「もっとも、理想や思想のない戦争もゲームみたいなものだな・・・」
 熱いシャワーを浴びながら、ショールは苦笑した。蛇口をひねり、今度は冷水をシャワーから出させて身体を冷やしにかかった。
「レイならいつか分かってくれるんだろうか・・・」
 友達作りが下手なショールに珍しく出来た、気の合う友人を失いたくなかった。それが本音である。

 UC.0087年5月12日22時、ティルヴィングは月の重力圏内に入ってきていた。月に帰還した後は、MSを地球に送りこんだ主力艦隊の護衛任務が待っているか、ルナII方面に再び向かうことになるかのどちらかだろうな・・・キャプテンシートに座っているログナーは思った。
「ローレンス軍曹、グラナダに通信だ、帰還するぞ!」
「了解」
 疲れた表情を隠して、ログナーはミカに命令した。ミカがグラナダ港湾局と通信のやりとりをする間は、ブリッジにはミカの声だけが響いていた。精神的に疲れたときのBGMとしてはそう悪くない、ログナーは考えにふけっていた。気になる点はあった。ジャブローを占拠した後、ティターンズとの全面戦争を避けて連邦を変えられるのか、まずはこれであった。
 ジャブローが無くなっても今のティターンズの戦力は残っているわけで、上層部が今更ながら解散命令を出してもそう簡単には行かないだろう。いずれにしてもティターンズとは武力衝突しか道は残されていないような気がしていた。それでも、ジャブローがティターンズの拠点であるか否かでは後の展開が全く違ってくる。
 ティターンズの脅威は、正規軍そのものであることであって、補給や人員の補充なども保証されているからである。結局の所、全面戦争に備えてジャブローを抑える必要があったのだ。後ろ盾を失い、後は勝手に自滅するだろうと言う参謀本部の目論み通りにはならないような気もしていた。
「艦長、グラナダより指示、第二宇宙港より入港せよとのことです。」
 ログナーの思慮の流れは、そこで断ち切られた。
「よし、サミエル、入港準備だ。入港後はまだ全員待機!」
「了解、グラナダに入港します。」
「問題なのは、今ジャブローがどうなったかだな・・・」
 無意識のうちに声に出ていたことに、ログナーは気付かなかった。
「なんですか、艦長?」
 コ・パイロットであるアルドラ・バジルがいぶかしんだ声をログナーに投げかけたが、「なんでもない」と言葉を濁して、そのまま入港完了までログナーは何も言わなかった。グラナダに入港を終えた後、ドック内に配置されていた補給要員などがティルヴィングに殺到した。喧噪は入港前より数段増していた。その中でもMSデッキは殊更騒がしかった。上部デッキの手すりにもたれかかって、レイはナリア・コーネリアと並んで話をしていた。
「なんだい、ショールとやり合ったんだって?」
 ナリアは喧嘩はキライではないが、訳有りの喧嘩は御免だった。ヘタをすると仲間内で長い遺恨を残す事になるからだ。喧嘩の理由が単純であれば、そんなややこしい傷跡をいつまでも抱えることがない。普段仲のいいレイとショールが喧嘩をしたとなれば、訳有りでないはずがないのが、ナリアには分かっていた。
「何があったかは知らないけどさ、ケリはきちんとつけなよ!?」
 ナリアは半分呆れたような様子で、レイに言った。まるで保育園の先生にでもなった気分だ。
「ええ、ホントはアイツとは喧嘩はしたくないんです。でも、ちょっとありましてね・・・」
 レイは右の頬をさすりながら、上を見上げて呟くように言った。
「エリナのことか?」
 ナリアが少し笑ったような言い方をしたので、レイは少しむっとなったが、何を言っても八つ当たりにしか見えないのが分かっていたから、レイは敢えて何も言わなかった。
「どうせお前が自分でMSいじくって、それがショールには気に入らなかったんだろうさ。アイツはそういう奴なんだよ。仲間思いでさ?」
「そりゃ知ってますよ。そうでなかったら付き合いませんよ?」
 レイは視線を天井からナリアに向けた。
「お前はMSのパイロットだろ?だったら分かるはずだよ。あたし達は死と二人三脚だ。でも、いや、だからこそMSは万全でなくちゃいけないだろ?あたしはそういう事を分からないような奴と酒を呑んだ覚えはない。そういうことだ。」
 ナリアは銀色の髪を少し掻き上げて、レイとは反対の方向に向いた。
「・・・・・・」
 立ち去ろうと歩き出したナリアを見届けるだけで、レイは無言だった。
「システムにこだわって自分自身で戦うことを見失ったら、オレは無駄死にするんだ・・・」
 一人になったレイは呟いていた。

 艦と、それに積載されているモビルスーツを完全に補修・補給するには1日や2日では不可能である。その間は大抵のクルー達は休暇を得ることが出来る。事態が事態だけに作戦に万全を期すため、前線に赴くもの達は休めるときにしっかり休んでおく必要があった。エリナ達整備兵も例外ではない。補修はグラナダの連中に任せて、最終的な調整などを自分たちが行えば良かった。ショールはエリナを伴って、MSデッキからティルヴィングを降りようとしていた。それを呼び止める声があった。
「ショール!」
「・・・・・レイ!?」
 レイは2人の姿を見て、慌ててMSデッキから降りてきたのだ。じっとショ−ルを見据える。
「何の用だ?お前と話すことは、もう無いぞ。」
「オレがあんたのデータを盗んだことは謝る。」
 レイの表情は真剣であった。ショールは歩みを止めて、レイに振り返った。ショールの表情はまたこわばってきたのが、エリナには分かった。
「ほう?オレがデータを盗まれて怒っていると思っているのか?」
 ショールはまた、拳を握りしめた。目つきも普段のものから戦闘中のそれに変わって行く。返答次第では・・・エリナはそんな雰囲気を感じていた。
「レイ、オレと模擬戦で勝負しろ。オレに勝ったら、もうオレは何も言わない。お前がオレに勝てるようなシステムだ、問題はないだろう。」
「お前の『死に装束』に勝ったら、良いんだな?」
 レイは色めきだった。確かにそれなら、文句はない。
「そうだ。この前の形式で模擬戦をやって、このオレに勝ったらだ。この勝負を終えた頃には、オレがお前を殴った理由が解るはずだ。それに、こうなることを予想して艦長の許可は取ってある。」
「よし、やってやる!」

 ティルヴィングはともかく、クレイモア隊のMSはエリナ達がグラナダの補修要員と後退するまでに施した修理のおかげもあって、およそ1日で補修を完了していた。エリナ達整備班は機体の調整に追われていたが、彼らの作業効率はグラナダ整備班のそれを凌駕していた。あとは軽くテストを行うだけである。ショールは既にテストにかこつけた模擬戦を、ログナーに申し出ていた。レイもまた、自分の愛機のプログラム調整を終えていた。新システムを積んだ死に装束には、恐らく以前のシステムでは勝てないだろうと、レイは思っていた。最初の模擬戦での結果から見ても、そう思うのはしょうがないことだ。その模擬戦から1ヶ月・・・たったそれだけの時間では、ショールとの技量の差は埋まっていない。どう見ても不利な条件であった。
「どう、調子は?」
 レイ機のメンテを行っていたエリナが、コックピットに上がってきてレイに尋ねた。
「まぁまぁ・・・ってところかな?ハッキリ言って、自信ないよ。」
「ま、ショールも同じシステムを使ってるからね・・・頑張りなさい。」
 ウィンクしてそう言うと、エリナは脚部駆動系の調整を再開した。模擬戦は調整作業が完了する1時間後に、行われる予定であった。


 ショールやエリナ達は、そのために休暇を返上してティルヴィングに出向いてきていた。その分作業も早く終わり、いよいよ機体テストを兼ねた模擬戦が行われる時間となった。2機のリックディアスが、以前2人が模擬戦をやった旧採掘場跡まで輸送トラックを使って移動していた。その後、2機のリックディアスはトラックから立ち上がって対峙する位置で直立した。「死に装束」のコックピットに座っているショール・ハーバインは、前回と違って手加減をする気はなかった。自分のパイロットとしてのプライドとかではなく、レイ自身やクレイモア隊全体のことを考えて言ったのである。死に装束のコックピット内に、エレカに乗っていたエリナの声が入ってくる。このエレカは輸送トレーラーに随伴した、データ収集用設備の整った少し大きめのエレカであったが、トレーラーにしてもエレカにしても、月の1/6Gの重力下では問題なく移動できた。
「ショール、システムの調子はどう?」
「あぁ、反応は悪くない。あとはオレの腕次第って訳だ。」
「了解、なら大丈夫ね。ニッタ少尉、そちらの準備は良いわね?」
 レイはリックディアスのコックピットで、左右の操縦レバーを握ったり放したりを繰り返して、模擬戦開始の合図を待った。実弾を使わないとはいえ、レイにとっては自分の夢がかかった大事な一戦である。命を賭けてもいいと思っていた。時間は13時59分、模擬戦開始まで1分を切っていた。
「レイ、今回は手加減しないからな。覚悟してかかってこい!」
 ショールは、レイを精神的に怯まそうとしたが、レイはやる気十分だった。当然そんな誘いは戦意の高揚を促す以外の効果はなかった。
「ったりまえだ!いくぞ!」
 時計は14時ちょうどをさした。
「模擬戦開始!」

 2機のリックディアスによる模擬戦が開始された。ショールは前回と違い、相手の出方を待ったりしなかった。そのまま全速で直進してビームピストルを2発、発射する。CGで構成されたモニタ上だけに映るビームがレイ機を襲う。
「くっ!」
 レイは左、右と交互に水平運動をしてそれを回避する。レイにとってはショールの先制攻撃は予想外ではなかった。それは手加減しないと言うショールの言葉から、前回とは全く違う気迫を感じたからである。その隙に死に装束がジャンプし、180度旋回しながらレイ機の後背に回り込む。
「振り向いたらやられる!?」
 レイ機はジグザグに回避行動をとりながら前に進み、採掘場で使用されていた建物の影に入り込む。そのレイ機の横を幾度かビームが横切る。レイは自分の判断がとりあえず正しかったことを確認した。ミノフスキー粒子が薄いせいで、死に装束のだいたいの位置はレーダーで確認できた。建物の陰に隠れながら、先ほど攻撃がした方に振り向いていたレイは、自機から見て左真横の位置にいた。
「おせぇよ!」
 ショールが咆哮する。
「狙われて!」
 撃たれる、そう感じたレイはそのまま自機を後退させる。またも、先ほど自機がいた場所をビームの光がかすめる。自分でも予想した以上に、落ち着いている・・・レイは乾いた自分の唇を少し舐めた。攻撃しなければ勝てない、レイはいつの間にか守勢に立たされているのにようやく気付くと、ビームピストルを白いリックディアスに向けて3発撃ったが、いずれも回避される。
「姿勢が無理か!」
 レイは自分が好調でありながら、相手のペースに巻き込まれつつある状況を見て舌打ちした。(まるでバカみたいじゃないか!)弱気を振り払うように、ショール機に向けてまたビームピストルを発射するが、ショール機の反応は早かった。レイから見て左側から後背に回り込むように円運動をとっていた死に装束は、後ろ斜めからレイ機に向けて数度攻撃する。レイはショール機とショール自身の反応速度を少し見誤ってしまった。そのせいでレイ機が回避行動に移るタイミングが一瞬遅れた。ショールのビーム攻撃がレイ機の左腕を直撃した。
(こんな運動はシステムを変えたくらいで出来る芸当じゃないな!?)
「まだ!」
 今度はレイ機が再び前進して先ほどの建物をジャンプして飛び越える。その隙を狙って死に装束が2回ほどビームを撃ってきたが、レイ機には当たらなかった。自動回避プログラムが機体を微妙に動かして、1回目の攻撃を回避する。2回目の攻撃は回避運動を必要としない程に、レイ機からは外れていた。
 レイはそのプログラムによる回避運動に、違和感を覚えていた。前回の出撃でレイは初めて新システムを組み込んだのだが、その時は必死に自分で回避運動をしながらだったのでショールのような鮮やかな回避運動が出来た。しかし、今の回避運動はその時とは感覚が違っていた。レイが回避しきれなかった攻撃を、プログラムが少しだけ機体を動かしたのだ。レイは、何かをつかんだような感覚を覚えた。 (そうか、自動回避プログラムはきっかけをパイロットに与えるだけなんだ!それにパイロットが反応しないと意味がないんだ!!)レイはシステム工学に関してはかなりの知識があったが、自分の回避プログラムに対する定義が今まで間違っていたことに気付いた。
 このプログラムはセンサーで感知した敵の攻撃を初動で反応するように作られている。初動をつかめば回避できるというMSによる射撃戦の常識に、レイは今まで誤った解釈を持っていたのだ。死角からの攻撃に反応するこの新プログラムは、パイロットの反応に関わらず動いてしまう。それがレイに「パイロットが反応しなくともプログラムがやってくれるから、自分はより攻撃に専念できる」という誤解を生んだのである。これは自分で使ってみなければ気付かなかったかも知れない事であった。
 遮蔽物の陰に入ったレイ機は、そんなことを考える10秒ほどの時間を稼ぐ事が出来たが、死に装束は後背から円運動を継続してレイ機の右側に回り込んでいた。レイ機は勿論、それを捕捉していた。残った右腕に持ったビームピストルを構えて、ショール機に放ち、その隙に全速で白いディアスに向かって突進した。ビームサーベルを構える。右に水平移動をしながら円運動をしていたショールの死に装束は、レイ機が突進してくるのを逆用する形で、円の角度を小さくしてレイ機の後ろに回り込んだ。ショール機もビームサーベルを構える。
「ここなら!」
 レイは自機を小さくジャンプさせた。月面の地面から巻き上げられた塵が煙を上げる。そしてショール機のまた後ろをとろうとした。ショールはそれを読んでいたのか、そのレイ機の運動に対して起こしたリアクションは、旋回、それだけであった。着地したレイは、その瞬間10メートルも離れていない距離で、ショール機が自分の方向を向いている事に驚愕した。ビームサーベルの一閃。レイの前に設置されているモニタに、自機が両断されたことを告げる警告が現れたのを見た。シミュレータのビームサーベルは、実際にはビームの刀身は出ない。CGで擬似的に合成された刀身が表示されるだけである。だから、機体がダメージを受けても、振動などでパイロットがそれを自覚することは出来ない。そのための警告表示なのだ。
「負けた・・・か」
 レイはそう言うしかなかった。

 模擬戦の結果は、ショールの勝利、レイの敗北という形で幕を下ろした。
「ショール!」
 レイはヘルメットを脱いで、コックピットの中で叫んだ。
「なんだ!?」
 ショールもまた、ヘルメットを脱いで長い黒髪をコックピットの中に大きく放った。
「やっぱりお前には勝てなかったな。約束だ。オレはこれからシステムを解除して、元のシステムに戻す。」
「・・・・・・・・」
「ショール、どうした、約束なんだろ?だいたいお前が言い出した賭けじゃないか」
「あぁ。しかしな、オレがお前を殴った理由さえ解ってくれれば、システムの完成度なんて大した問題じゃな いんだ。」
 ショールはスーツのポケットから、ゴムを取りだして髪を束ねた。
「どういうことだ?」
「オレが何でお前を殴ったか、殴らなければならなかったか、その理由は解ったのか?」
「なんとなくだな、実際に戦うのはパイロットであって、システムに頼ったら死ぬって事だからだと思う。」
「そうだ。システムはパイロットに運動をするきっかけをくれるに過ぎないんだ。それをお前自身で気付く必要があったからなんだよ。教えられて覚える事じゃないからな?でも、お前はそれに気付いた。オレとの模擬戦は無駄じゃなかった、そういうことさ。」
 ショールが一旦束ねた髪を、もう一回ほどく。束ね方が気に入らなかったのだろう。
「システムは外す、これもそれでいいんじゃないか?」
 レイが、モニタに映るショールを見やって、言った。
「あぁ、それでいい。システムが完成したらお前の好きにするが良いさ。」
「そうだな。とにかく、すまなかった。」
「いや、そうでもないぜ?お前がそれを使ったから、お前の間違いを見つけることが出来たんだ。たとえそれが偶然でもな?」
 ショールは再び髪を束ねた。今度は上手くいったようで、その髪型をティルヴィングに帰投した後も崩すことはなかった。


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